読書
逆張りで語る真実 ゼロ・トゥ・ワン―君はゼロから何を生み出せるか ピーター・ティールを知っているだろうか。彼は一九九八年にネットを利用した決済サービスであるPayPalを創業し、二〇〇二年にイーベイに十五億ドルで売却。その後は、独立国家創設やシンギ…
ピザを食べた。ピザというのはイタリアの食べ物で、うすく円形に伸ばされた粉ものの上に、チーズや野菜を載せて焼く。釜で焼かれたそれは野菜のうまみがほどよく溶け出していて、さらにまろやかなチーズがそれをやさしく包んでいた。100円だった。僕は消費専…
僕がカーテンを開けると、窓には結露がびったりとついており、外の景色が夢の中の一部のような不思議な感覚に陥った。四時五十分にかけたアラームで、定刻通りに起床したがそのまま何もすることがなく、出勤前の貴重な時間帯を浪費していた。読書や創作活動…
パリは—言うまでもないことだが—日本の東京のような記号である。象徴と記号の違いについて、僕に説明を求めるかもしれないから、僕は「僕」の言葉を借りてみようと思う。象徴は変換不可能で、記号は変換可能であると。ああ、やはりこの文章はなかったことに…
相反する現象が同時に作用するとき、そこにひずみが生じ、それは捻じ曲げられる。力をうける対象は時間であったり空間であったり、はたまた精神にもなりうる。よどみに浮かぶうたかたよろしく、キテレツな反撃を受けて僕は倒れる。やがて日が昇る。 は超能力…
読み直すホメーロス。 一度読んだはずなのに覚えていない。そんなことがままある。今までは「読んだ本の内容を全部覚えているのは無理。記憶が消え去るのは当たり前」と開き直っていたが、さすがにほとんど忘れるのはよくないなと思い返し、再読を試みる。 …
予報では今日は一日中雨が降るらしい。僕は早々に外出するのを諦めて、家に引きこもる事に決めた。幸いコーヒー豆はこの間買ったばかりなので切らすことはないし、洗濯物は昨日のうちに全部終わらせていた。今日読む本も用意してある。シュメール人が書いた…
勉強は意味のない作業だ。社会人になっても四則演算以上の計算能力は必要にならない——電卓がやってくれる——し、歴史上の人物や炎色反応を覚えていてもそれらを使う機会はない。読み書きができ、人と話すことができればたいがいはそこで働ける。資格は持って…
「砂場の下に宝が埋まっている」 五歳のころ、そんな風説を耳にした。プラスチック製のスコップを振り上げて、みんなで公園の砂という砂をかき出したが、ブリキのおもちゃしか出てこなかったのを良く覚えている。しかし、友人Aが「これは金でできているんだ…
イノベーションと変化 イノベーションは、既存のものの組み合わせにより生まれる。それゆえ、アイデアは全てが新鮮でピュアである必要はなく、むしろ手あかのついたものにこそ価値があるのだ。そのような体を後ろ盾にして、僕は日々手あかのついた作業着を着…
勉強は嫌いではない。むしろ好きだ。字を読むことや、長い間じっとしていることは苦痛ではなかった。学生の頃は嫌いな科目はなく、どれも興味を持ちながら学ぶ事が出来た。社会人になってからも読書のペースを落とさなかったためか、最近はいろんな知識がや…
僕は流されやすい人間だ。付き合う人の思想や、価値観に自分が染まってしまいがちで、確固たる根っこの部分を持っていない。ナリワイで生きろと言われたら、「確かに、これからはナリワイがはやるかも」と思い、何かをやってみたいと試行錯誤する。メイカー…
どこへ行ってもポータルのことばかり考えてしまう。通勤途中の道が、青いCFで覆われているイメージを明確に感じることが出来た。Ingress症候群である。APが貯まらないのでIntel mapをみながら妄想しているが、これはこれで楽しかったりする。こことあそこを…
会社を出ると同時に雨が降り出した。先々週に買ったビニール傘を開いて歩道へ出た。久しぶりの雨音に少し心が休んだ。いつもすれ違う定時マンがきょうはいなかった。きっと車に乗り家路を急いでいるに違いない。定時マン2もいなかった。きょうは有休を取っ…
モチベーション増幅装置としてのカフェ カフェが好きだ。コーヒーが好きだが、それと同じくらいカフェも好きだ。おだやかな照明と、ちょうどいい雑音。コーヒーの匂いと相まって僕のモチベーションがぐんぐん上がる。全能感に満ちあふれながらいただくコーヒ…
『阿Q正伝』を読んだ。一体阿Qとはなんなのだと思っていたが、なんのことはない人の名であった。文字をどうあてるのか判らない音に「クウェイ」QueiのQをあてたのだ。カタカナのようなものだ。それは、隙間なくポジティブな男の話だった。 ある種の勝利者は…
リズムのない音楽なんて存在しない。心臓のない人間が存在しないようにね。彼は言った。だいたい十年くらい前の出来事だった。挽きたての珈琲豆をこれでもかというくらいヨーグルトにぶちこんでいたので、僕は少し気分が悪くなった。乳清でやや黄色がかった…
僕は文章を書くのが苦手なので、どこから書き始めようかといつも悩んでしまう。書き出しが難しいのはそれが第一印象を決めるのはもちろんのこと、自分の思考をも束縛してしまうからだ。言葉はものを映すと同時に見えなくする。ないものを表し、あるものを消…
書くこととは、空白をつくることである。我々の頭に絶えず持ち込まれる、途方もない量の情報を整理し、体系だて、理解するために、ペンを走らせるのだ。しかし、執筆作業の大半は無駄に終わる。たんなる自己満足に陥ったり、意味ある言葉を無理にねじまげて…
ときおり現実に引き込まれそうになる。無明のうずに巻き込まれ、地に足がついてしまい、しくしくと動す。今日も電車の駅員は元気にさよならばいばいを歌っている。サラリーマンは両手をだらりと下げて、首を倒してスマホをいらう。いつもの風景だ。ここに強…
可能性という言葉はみじんこ極まりない微生物である。誰なんだ、可能性は無限大だ、なんて発破をかけた野郎は。どこなんだよピリオドの向こう側っていう場所は。敷かれたレールにうんざりの働き女子は新しい可能性を求めて資格をとる。いつになるのかも知れ…
答え合わせなんていらなかった。あの夏の宿題。 詩は読み物ではない。そこに答えはなく、謎もなく、事実もない。ただの文字の羅列が延々と見開きに横たわるだけであって、何かを学び取るようにもできていない。すなわちオレンジ踊るように僕らは文字の海をた…
どこまでも僕 青みがかかった珈琲の空き瓶を貯金箱にしている。月末になると消費モンスターから生き残っていた100円玉を何枚かそこへ入れる。空き瓶はいつまでも空き瓶なので、硬貨を入れるたびにちゃりんと綺麗な音が鳴る。それが近くで叫んでいるツクツク…
物の本質とは何か。なんのことはない。プリンだ。我々が生きている世界は全てプリンでできている。しかし、それは誰も意識することが出来ない程巨大であって、頂上はエベレストよりも遥か高く、カラメルソースは太平洋をしのぐほどの広さだ。僕がその本質的…
所属とレイヤー、弱さとピンボール 君はどこに所属しているのか。レイヤーはどれなのか。細いのか太いのか、色は何色で印刷は可能なのか不可能なのか。それだけが問題であった。ただ広いオフィスで、黙々と画層管理をしていた。CADは学部生のころにやってい…
この世の真理が一足とびにやってくる。そんな快感を欲することがままある。高校生のころに書いた黒歴史小説ノートには、「あらゆる知識がわかってしまう学生が世界を救う話」が載っている。そんな力があれば、テストは常に満点だし、友人関係も全て掌握する…
小説とは文脈だ。そして、小説を読むことは文脈を拾い集める旅のようなものだ。生まれていくばくかの物語を頭にインプットし、そこで話されている会話やなされている展開を、僕は採取し続けて来た。標本のように枠にきちんと収まる代物ではない。それは地層…
ただの飲み会。 難しく考える必要はない。『饗宴』はソクラテスをはじめとする知識人たちが、飲み会の席で終始エロスを讃美する話だ。古代ギリシャ人にとって、飲み会はただ栄養を摂取する宴ではなく、議論の場でもあった。現代ではネットを使って、自分の考…
旋盤を回して始めて気づくのと同じ感覚で、僕の中で芯が不格好にずれていることが分かった。自転車のサドルをどんな角度にしても気持ちがよくないように、日々の生活にもやがかかり始めた。これはいけない。なんとかして自分を取り戻さないと。 僕は足掻く。…
人生は戦いである。いったいだれがどう定義したのか分からないが、そう決まっている。戦いをテーマにした小説も数多く存在する。えいやほいや皆で争い、読者である僕らは血が沸き立つ興奮に襲われる。何を言ってるんだ。 『老人と海』を読んだ。ようするに老…