ピザを食べた。ピザというのはイタリアの食べ物で、うすく円形に伸ばされた粉ものの上に、チーズや野菜を載せて焼く。釜で焼かれたそれは野菜のうまみがほどよく溶け出していて、さらにまろやかなチーズがそれをやさしく包んでいた。100円だった。僕は消費専門家だ。
生み出す働きこそ、人間を人間らしくしてくれるのだ。
(中略)
だから、君は、生産する人と消費する人という、この区別の一点を、今後、決して見落とさないようにしてゆきたまえ。
『君たちはどう生きるか』は、中学生のコペル君が考えたことを、叔父が上手にすくいあげて、無理なく大人の言葉へと昇華させている作品だ。コペル君は年相応のふざけ方をする一方で、大人顔負けの素晴らしい思索を行う少年だ。一つのモノに介在する人間の数を多さを唱える「粉ミルクの秘密」の話は、僕も読んでいて「なるほどなあ」と感心した。
話の途中で、コペル君が貧しい家庭で育つ浦川君を訪ねるシーンがある。自分が比較的裕福な暮らしをしているのに比べ、浦川君の暮らしぶりはあまりいいものではなく、コペル君はなんともいえない悲しい気持ちになった。叔父はそのこと話を聞き、「おじさんのNote」に書き込んだ。
浦川君は貧しいとはいっても、家の家業である豆腐屋を手伝っており、せっせと油揚げを生産している。コペル君は何も生産していない。(加えて僕も何も生産していない。)叔父は貧しい人の中にも生産者という高貴な役割を持つということを彼に伝えた。
僕はピザを消費するばかりのピザ人間だ。モノを使う事でしか楽しさを見いだせないとしたら、それはなんと悲しい人生だろう。少しは何かの生産に携わったらいいのかもしれない。しかし、おじさんのノートは上記の文章の後で、こう綴っている。
君は(中略)たしかに消費ばかりしていて、なに一つ生産していない。しかし、自分では気づかないうちに、ほかの点で、ある大きなものを、日々生み出しているのだ。それは、いったい、なんだろう。
救われたような、放り出されたような不思議な心地だ。僕がなにかを生み出している? どうかな。あるとしても、きっとそれは手に掴めない何かだ。色づき始めた木々の隙間。そこを風が流れた。
- 作者: 吉野源三郎
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