物の本質とは何か。なんのことはない。プリンだ。我々が生きている世界は全てプリンでできている。しかし、それは誰も意識することが出来ない程巨大であって、頂上はエベレストよりも遥か高く、カラメルソースは太平洋をしのぐほどの広さだ。僕がその本質的なプリンの存在を知ったのは、つい最近であり、入社式を前日に控えた三月三十一日の夜だった。
そんな中途半端なレンジの昔話はどうでもいい。これから語るのは今より二千年ほど前のローマ辺りで叫ばれた原子論だ。ティトゥス・ルクレーティウス・カールスは、エピクロースの自然思想に心を打たれ、得意の詩を用いて彼の考えを説明しようとした。それがこの『物の本質について』だ。「私はこのわれわれの説を述べるのに、言葉甘き詩神(ピーエリス)の詩によて、君に説き明かしたい」と彼は自信満々だ。しかし、悲しいかな。日本語に訳されたこれは、本来の言葉の原型を留めておらず、「例え話が下手な化学の先生」のようだ。
しかし、物の本質の本質はだいたい掴めた気がする。エピクロースの自然思想はデモクリトスの原子論に由るものであり、周りのものを細かく細かく砕くと、それ以上分解できない最小単位「アトモス」が存在するというものだ。それに付け足して、宇宙は空虚と原子によって成り立っていることや、原子の配合具合によって様々な物質ができること、甘い原子は丸く、辛い原子はとげとげしている、なんてことが書かれている。わりと面白い。
物理学の発展はご都合主義によってなされた。というのは前にも話した。Aを説明したいとおもったら、それに適した環境が存在するものだと勝手に決めつけてしまうのだ。結構適当だが、これが案外通る。原子論によって、あらゆるものが粒粒オレンジなんだよ、と宣言してしまうことで神話は終わったのである。
さて、エピクロース曰く、この宇宙は最小単位の原子と空虚によって満たされているそうだ。彼の頭脳を借りれば、あらゆる存在が粒子であり、起こる現象は全て粒子の運動によってなされる。印象的だったのは引力という概念が彼らにはなかったこと。原子は常に下に運動し続け、ときどきナナメに動く。その際に他の原子と衝突して何かが出来上がるのだとか。なんのこっちゃ。
原子という心のプラカード*1によって、自然現象を解説していくルクレーティウスであったが、彼にとり最もやっかいだったのは人間の精神の働きだろう。彼はギリシア哲学者の間で流行っている、「精神は体とのハルモニア(調和)によっていい塩梅にいってるよ」という考えを真っ向から否定する。あくまでも精神は手足のように体の一部であるというのだ。精神と魂(アニマ)は相互に連結し、こいつが脳みそのように体全体を支配している。そしてそれは胸の中央に付着しているのだとか。
意志はどこから生まれるのか、という問題は本当によく分からない。分からないけどどっこい生きている。不思議だ。
人々は精神の中に重荷があるということを、又その重荷の為に自分は疲れ切っているのだということを、明らかに自覚してはいるらしいが、それと同じに彼らがもし、それが発生するのは如何なる原因に由るのか、一体不幸のかくも大きないわば塊りが心の中に生ずる原因は何か、という点も亦究めることができたとしたならば、我々が一般に見かけるように、人夫々自分の欲するところを知るところもなく、住家を変えれば重荷を除くことができるかもしれないと、絶えず場処を変えて生活するような生活の仕方は決してしないであろうに。
なんの脈絡もなくここを引用したのは、単に僕がこのフレーズを気にいったからだ。
ルクレーティウスは原子論を解説するとともに、自分から逃げようとする人間をあざわらう。新しいぼくわたしを探しても、何も起こりはしない。どうあがこうが人は死ぬのだ。ここら辺は死に至る病*2
に似ている。
文章の節々に、なんとかして現象に理由をこじつけてやろうという表現が観られる。二千年後の今から観るとそれはおかしいと突っ込みたくなるところが多々あるが、彼らも彼らで本気だったのだ。僕には口を挟む権利はない。
原子論がどう進化して今日の物理学に発展したのかは、「物理学はいかにして創られたか」*3を読むといい。化学なら「化学の歴史」*4をどうぞ。
- 作者: ルクレーティウス,樋口勝彦
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 1961/08/25
- メディア: 文庫
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*1:
*2:【書評】死に至る病とは、現実と理想のズレに苦しむ、永久不滅の絶望そのもの。/『死に至る病』【感想】 - マトリョーシカ的日常
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*4:【書評】四元素説から核反応まで。SF作家アシモフによる初心者向けざっくり化学史/「化学の歴史」 - マトリョーシカ的日常