時間と空間の観念性
前回告知したように、今日は『知性について』の中から時間と空間の観念性について話そう。観念性とは形のないぬるりとした液体のどんよりであり、決して沈殿することのない博多の塩のような味だ。要するによくわからないものだ。ショウペンハウエルは(というより哲学者全般はそうなのだろう)よくわからないものが好きで、数式や図も用いることなく文章のみで抽象的な梱包をひもといていく。
以下の引用は読み飛ばしてもらって構わない。
物質は、運動ではなく、運動しうるものであり、それはすでに、物自体の客観化された様態である。ところが、物質が静止にせよ運動にせよ、どちらかを帯びるやいなや、いつまでもそれを維持し、永久にわたって静止するなり、同様に永久にわたって飛び続けるなりする傾向があるという性質、すなわち静止と運動に対する物質の絶対的没交渉性は、物質として現象して物質にそのすべての力を付与している物自体には、時間と空間が、従ってこれらだけから生ずる運動と静止の対立が、全く付属していないということ、むしろこれらは物自体にとってはまったく無縁なものであり、従って現象する当のものから現象の中へ出現してきたものではなくて現象を把握する知性から現象の中へ発出してきたものであり、知性にその形式として付属するものであり、ということを証明するものである。
カップラーメンと知性
慣性の法則を知っているだろうか。全く抵抗のない空間では、ある時にかけられた力は全くその勢いを失うことがなく、押し付けられた話題は延々と等速で運動を行う。そこに時間の概念はあるが、時間は決してかれらを制限することはなく、常に傍観者のままだ。三分経ったらカップラーメンができるのは、「三分」さんがカップラーメンをごりごりと生成しているのではなく、時間を媒体にして反応する化学薬品たちがせっせとフィリップスの製麺機で生麺を伸ばしているだけだ。時間は主役ではない。
時間は僕らに何も働きかけないし、僕らは時間を触ることが出来ない。そういう話だ。
空間の観念性は時間のそれよりも説明がしやすい。独裁スイッチを押して地球上全ての人類がいなくなり、さらにもしもテレビで世界を構成する全ての元素の存在をなくしたとき、いったいこの世はどうなるのか。もし、のび太くんがそれを一瞬でも目にすることが出来れば、そこにはきっと空間の観念が残されているはずだ。ショウペンハウエルはその理由を「空間がわれわれのあらゆる表象の根底にあって、表象の第一条件になっているからである」と述べている。全ての話題や思考、言語や発明において、空間なしに語ることは出来ない。
さて、それでは彼の言う知性は時間や空間とどう関わりあうのだろうか。それはまた別のお話。
唐突な本棚晒し
最近、本棚晒しがはやっているようだ。人の本棚を見るのは楽しい。どこか友達のうちに遊びにいった感覚に似ている。楽しかったので僕の本棚も晒してみることにする。
本棚。無印で買ったパルプボードスリムが二つある。本の他にも書類や電子工作の部品やらが入っている。
左上には塩野七生さんのローマ人の物語がある。学生のころから少しずつ読み進めているが、全部で三十巻を越すため、全巻読破するのはまだ時間がかかりそうだ。その下は村上春樹の作品を中心に展開されている。羊や風やスプートニク等、いろいろあるがあまり内容を覚えていない。「これってどんな話?」と聞かれたら、「最終的に女性がいなくなる話だよ」と答えようと思う。
その下はアンドロイドは電気羊の夢を見るか?でおなじみのフィリップ・K・Dickが並ぶ。彼の作品は前置きなしに突っ走るSF表現が印象的で、読み通しても「そういえばあれって何のことだろう」と分からないこともよくある。しかし、彼の一番の魅力は独特の文体である。中学二年生だったら明日学校で使っていただろうなという言葉がいくつもしたためられている。偶然世界は特に好き。
SFの下には岩波文庫が並ぶ。岩波文庫は揃えれば揃えるほど徳が上がりそうな不思議な背表紙をしている。はずれはない作品群なので、古本屋に置いてあればとりあえず買ってみることにしている。
左最下段はArduinoの電子工作部品と、ハードカバーを収納している。自己啓発書は
7つの習慣とバカでも年収1000万円さえ読めば十分だと思っている。月三万円ビジネスや、ナリワイをつくるは何度も読み直している。いかにして問題をとくかも良本。ハードカバーは高いしかさばるからあまり持っていない。残念だ。
右上にはハヤカワスペースだ。ジョージオーウェルの一九八四年が面白い。 ペリーローダンハンドブックは早く続編が出てほしいと切に願っている。ローダンシリーズは100巻から110巻あたりまで持っているが、古本屋で探しきれずに現在はお休みしている。300巻から読み始めるから、400巻から読み始めようか迷っている。
その下は角川のビギナーズ・クラシックシリーズがある。高校時代に習った古文は全く覚えていないので、これで復習している。現代語訳だけ読んでいても楽しい。角川ソフィア文庫の哲学関係はもっと買いそろえたい。
新書ゾーン。モモが非常に目立っているが、個人的にはマヤ文明が気に入っている。ケルト神話から円卓の騎士へ入っていこうかなと思ったが、当面はローマ史を固めていくことにした。他には物理学はいかにしてつくられたかも良い。マクロ経済、ミクロ経済はわけが分からなかった。
時の試練に耐えたという表現
「古典作品は時の試練に耐えた本だから良いものばかりだ」という言葉をどこかで聞いた。ここでいう時の試練はショウペンハウエルの考えている時間とは異質のものなのだろう。時はなににも干渉しないので試練もへったくれもないはずだから。それなら試練を与えるような時とは何者なのだろうか。きっと、それは時ではなく人だ。何億という人間たちの価値観に受け入れられた作品は古典として現代に生き残る。
そして時の試練に耐えた本棚は、時間を経て変わっていく僕の思想に適応していった本たちが収納されている、いわば西暦199X年の核シェルターだ。彼らはそれぞれが一子相伝の技を身につけているが、僕にはそれが汲み取れるのだろうか。難しいところだ。
白髪になるまでには頑張りたい。
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