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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

暗号解読は世界を救う/暗号解読(上)

読書

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 秘密は隠しておきたいが誰かと共有したい。そんな両極端な感情が秘密文書を生んだ。はじめは文章そのものを見えなくする「ステガノグラフィー」が用いられた。言葉の由来は、ギリシャ語で「被う」を意味するステガノスと「書く」を意味するグラペインにもとづく。手紙を飲み込んで運んだり、頭皮に文章を書いてから毛が生えるまで待ったりいろいろな方法がある。しかし、次第に隠すよりも高度な手法が用いられた。クリプトグラフィー、いわゆる暗号である。

 暗号解読(上)では、さまざまな暗号とその歴史が記されている。例えばカエサルシフト暗号は、「ガリア戦記」においてカエサルが味方に「応援しにいくからもう少し頑張れ」というメッセージを送るために使われた。解読した彼らは援軍の知らせにおおいに喜んだという。スコットランドのメアリー女王はイングランドのエリザベス女王の暗殺を企てた疑いによって処刑された。その証拠となったのが、ノーメンクラターと呼ばれる暗号で書かれた秘密文書だった。これは文字を他のアルファベットに入れ替える単純な換字式暗号ではなく、記号に置き換えるものだった。かなり複雑なものだったが、トマス・フェリペスによって解読された。当時の暗号は、頻度分析を用いればおおよそ解読できたのだ。

 暗号の歴史で欠かせないのがエニグマとアラン・チューリングの対決である。エニグマは円盤暗号機に電子回路を足し合わせたような暗号機である。円盤暗号機は内側と外側にそれぞれ26字のアルファベットが印字されており、外側を回すことでアルファベットの対応がかわるような機構をもつ。換字式暗号を作りやすくするための機械である。カエサルシフト暗号はこの円盤を二つずらして使う。一見単純にみえる暗号機だが、これを一文字打つごとに円盤をひとつずらし、アルファベットの対応を変えてみたらどうだろう。エニグマはこの動作を自動的に行う。そして、リフレクターやプラグボードという機構も搭載させた。エニグマの構造は改良を重ねられ、最終的な暗号鍵の総数は159×10^18(1.59垓)個となった。

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 そんなエニグマ暗号の解読に活躍したのがアラン・チューリングだ。彼はケンブリッジ大学のキングカレッジに入学後、ラッセルやウィトゲンシュタインらと論理学について語り合った。議論の中心にあったのは決定不可能性という概念だった。答えがあるのかないのか分からない。そのような意味である。チューリングは決定不可能な問題を探すため、自身の論文のなかで仮想的な機械を説明した。それは四則演算や因数分解ができる機械である。チューリングマシンといって、現代のコンピュータの土台となったものだ。その後、彼は英国政府解読班に暗号解読者として招聘され、エニグマ暗号に立ち向かうことになる。一九三九年のことだった。どうやって暗号を解いたのかを書くと面白みに欠けるのでここでは控える。

 サー・ハリー・ヒンズレーはこう述べた。「英国政府暗号班がエニグマ暗号を解読できず、ウルトラ情報を生み出さなかったなら、戦争終結は一九四五年ではなく一九四八年になっていただろう」

 チューリングらがエニグマ暗号を解読したおかげで大戦の終戦は三年早くなったと言われている。確かに、ドイツ軍の暗号が解読できたおかげで物的資源も節約されたし、人的被害も少なく済んだのだ。三年長かったらあの戦争の爪痕はより深いものになっていて、日本の戦後復興も立ち後れていただろう。私も生まれていなかったかもしれない。暗号解読はクロスワードパズルのような単なる暇つぶしでは終わらない。血を流さずに汗を流す暗号解読は世界を救うのだ。

 上巻でも十分お腹いっぱいだが、まだ下巻がある。公開鍵暗号や量子暗号等、現代の通信に使われている暗号が紹介されている。とても楽しそうだ。

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)

暗号解読〈上〉 (新潮文庫)