マトリョーシカ的日常

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【書評】完全なランダムにはストイックな逃避が似合う/「偶然世界」【感想】

とんでもない本。

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 とんでもない本に手を出してしまった。私は最後の行を読み終わると、本を閉じて天井を眺めた。蛍光灯はらんらんと輝いており、そこには深夜の気配を感じない。子葉へひろがる小さい波は、天井板を通じてさらさらと流れている。SF小説、とりわけPhillp. K Dickの著作を読むとその余韻はいつもの読後よりも濃厚なものになる。濃いめのコーヒを飲んでしまったかのように、なかなか眠れなくなる。

 『偶然世界』は、公共偶然発生装置——ボトル——によって次の最高権力者が決まる世界だ。無作為によって定められた王が世界を支配する。六十億分の一を目指して、人々は最善の策を講じる。それがミニマックスの理論だ。

 ミニマックスの理論——Mゲーム——は、混沌とした渦巻きのなかであがく人々のストイックな逃避、非干渉の場だった。Mゲームのプレイヤーはじっさいには何ひとつ手をくださない。危険を冒しもせず得るものもない……また心理的圧迫もこうむらない。

 完全な無作為が世の中を支配すると、私たちは考える事をやめる。どうあがいてもなにも変わりはしないからだ。それならばサイコロの目に抗うことなく一マス一マス進んでいけばいい。

 われわれはすべてランダムな偶然に依存しているのだ、われわれは支配力を失おうとしている、なぜならわれわれは計画をたてることができないからだ

完全小説と不完全読解

 さて、話のあらすじだけ手短に述べよう。最高権力者であったヴェリックはボトルのくじびきによって退任された。その代わりとして選ばれたのは、無級者(アンク)のカートライトだった。しかし彼は指名大会で選ばれた刺客により命を狙われる。その行方はいかに。

 大筋はこれで十分だが、いかんせんストーリーが複雑に入り組んでいて一口には言い表せない。そもそもあらすじに(私が勝手に考えている)主人公の名前が出てこないのも不思議だ。また、Phillp K Dickの作品は前置きもなしにSFチックな設定をこれでもかと出してくる特徴がある。Pカード、ボトル、ディープ部隊、クラス8-8などなど。単語を聴く限りでは魅力十分なのだが、これらにより話の筋が芯のない毛玉のようになってしまう。

 しかし、完全に読めない小説のなんと艶やかなことか。今まで彼の作品は『アンドロイドは電気羊の夢をみるか』『ユービック』と読んできたが、100%理解できた試しがない。私の頭が足りないと言ってしまえばそれまでだが、霞がかった物語は面白いし何度も読み直したくなる。全然関係ないときにふいに引用が頭に浮かぶのもそのような本から来ることが多い。

背表紙が映える希有な小説

 ハヤカワ文庫は昨年からPhillp K.Dickの長編作品をコンスタントに刊行している。デザインが統一されており、全巻収集してみたくなる。表紙だけでなく背表紙も美しい。岩波文庫の歴史あるデザインもいいが、このようなカッコイイ色合いのものも本棚に飾りたくなる。

 強い本は本棚に入れてもなおこちらに語りかけてくる。背表紙を眺めるだけでもぐぐっと来るものがあるのだ。

 ぐぐっと来たら、ぐばばっと本を開いてほしい。きっとあばばってなるから。

偶然世界 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-2)

偶然世界 (ハヤカワ文庫 SF テ 1-2)

  • 作者: フィリップ・K・ディック,土井宏明(ポジトロン),小尾芙佐
  • 出版社/メーカー: 早川書房
  • 発売日: 1977/05/31
  • メディア: 文庫
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