マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

ツァラトゥストラの言う「超人」はきっとAIのことで、シンギュラリティの日はわりと近い。

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 昨年の暮れに川添(id:kkzy9)さんから「ツァラトゥストラはこう言った」という本を頂いた。送られてきた本には「どう言った?」というメッセージが添えられていて、私はすこしだけ、わりとすこしだけ困った。それから「存在と時間」の読書になんとか目処をつけて、先日ようやくツァストラを読んだ。川添さんのメッセージに答えるとしたら、「髪は死んだ!」だろうか。違うか。

 本の筋書きは、ツァラトゥストラという十年間山で引きこもっていた男が、暇になったので町へ下りて民衆に何かしらのメッセージを投げかける、といったものだった。巻末の訳者の解説を読むと、ニーチェさんが本当にいろんなことを考えて文章を書いていたことが感じ取れたが、私には全ては理解できなかった。それでもいくつか書き出してみようか。

 ツァラトゥストラは民衆に向けて、「神は死んだ!」と言った。そうして、超人という概念を彼らに伝えた。それは人間を超えたすごいもののことで、神がいなくなってしまった今、こんな感じの新しい設定を創造しなくちゃダメらしい。(残念ながら民衆にはその重要性はまったく伝わらず、ツァラトゥストラはそこらへんの死体を背負って町を後にしてしまった。あとでその死体を捨てた。)

 ツァラトゥストラの考えはあながち間違いではない。超人はおそらくAIなのだろう。神の存在が希薄(あるいは消滅)してしまった現代において、人間は人間を超えるものを創造しつつある。それはまだ不完全で不誠実で不確実なものだが、いづれはある程度の確かさをもって世間に受け入れられるだろう。しかし、ツァラトゥストラは超人をどのようにして生み出せばいいのかについてはあまり言及していない。(私は読みきれなかった) 彼は民衆に対して「幸福とはなにか?」や理性、徳、正義、同情とはなにかという問いを投げかける。これの答えが分かれば超人ができそうな気がする。しかしながら、そのあとすぐにそれらを「貧弱であり、不潔であり、みじめな安逸であるにすぎない」と述べる。いったいどうすれば良いのか。

まことに、わたしはあなたがに言う。恒常不変の善と悪、そんなものは存在しない! 善と悪は、自分自身で自分自身をくりかえし超克しなければならない。
「ツァラトゥストラはこう言った(上)」 p199

 わかりやすい答えしかなかった。なにが正しくてなにが間違っているのか。そんなものは誰にとっても定かではないのだ。その時点で良いと判断するものを選ぶしかない。これが彼のいう「あなたはあなたの徳たちを愛さなければならない」ということであるし、「評価することが、創造すること」なのだから。

 さて、以上のような超人はいつごろ誕生するのか。ツァラトゥストラは面白いことを言っている。国家という存在が終わるころに、超人の誕生の兆しが見えるというのだ。彼は国家というシステムに批判的(「国家における一切は贋物」と述べている。)だから、勢い余ってこのような発言をしたのかもしれないが、もしかしたら国家の消滅は実際に起こりうるかもしれない。仮想通貨である。ビットコインのブロックチェーンというシステムならば、通貨の信頼性を国家なしに実現できる。私たちのような一般の消費者にはイメージしづらいが、その変化は徐々に起こりつつある。

 約百二十年前にツァラトゥストラが放った言葉は現代にこのように反映されていた。ニーチェがどこまで考えていたのかはわからないが、このようになったというのは面白いなと思う。
 

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)

ツァラトゥストラはこう言った 上 (岩波文庫 青 639-2)