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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

記録と書評-20141013 「ギルガメッシュ叙事詩」

読書

 予報では今日は一日中雨が降るらしい。僕は早々に外出するのを諦めて、家に引きこもる事に決めた。幸いコーヒー豆はこの間買ったばかりなので切らすことはないし、洗濯物は昨日のうちに全部終わらせていた。今日読む本も用意してある。シュメール人が書いた歴史のエッセンスが含まれた神話、『ギルガメッシュ叙事詩』だ。古本屋で105円で手に入れた。あの店はいつまでも消費税5%のままだなあ。

 ギルガメッシュ叙事詩は謎の多い作品だ。いつだれがどのように書いたかを正確に知る事が出来ない。メソポタミア文明の地で紀元前二千年ごろというのは分かるが、「全体で約三六〇〇行あったと推定されるうち、約半分しか残っていない」らしく、それゆえ筋書きを考える際はかなり「主体的な構成」が必要とされる。経年劣化のため、文字が刻まれた石盤が欠けてしまい、単語の判別が不可能な箇所も多い。それでも、世界中でその謎を説き明かす運動は続いているのだから、この作品の魅力は決して不十分なものではない。

 あらすじを簡単に書く。暴君ギルガメッシュの振る舞いに堪え兼ねた市民は神様に「なんかすごいやつ出して」とお願いする。これを聞き入れた女神アルルはエンキドゥというすごいやつをつくる。しかし、ギルガメッシュはエンキドゥに娼婦を送り込み、彼を「人間らしく」してしまう。すっかり丸くなったエンキドゥはギルガメッシュと決闘の後、仲良くなる。

 ある日、二人は杉の森へ遠征に行き、最強最悪の森の化身フンババを倒すことを決意する。決死の戦闘の後、勝つ事が出来た。凱旋後、「素敵!」と女神イシュタルに迫られたギルガメッシュだが、それを一蹴。起こった女神は天の牛を召還する。なんとか倒した二人だったが、エンキドゥは死の宣告を受けて死んでしまう。悲しみにくれたギルガメッシュは永遠の命を求める旅に出る。

 文章の運びは単純で力強く、繰り返しが適度に用いられている。言葉のひとつひとつに確かな重みがあるのだろうが、読み飛ばしても内容は掴めるため、どこか朝ドラ的雰囲気を醸し出している。例えば、杉の森に行きたがらないエンキドゥを、ギルガメッシュが説得するシーン。彼らにとっては決死のやりとりをしているのだろうが、読者目線では「画面の向こう側」のような距離感を感じる。

 人間というものは、その(生きる)日数に限りがある
彼らのなすことは、すべて風にすぎない
お前はここでさえ死を恐れている
お前の英雄たる力強さはどうしてしまったのだ
私をお前より先に行かせてくれ
お前の口に呼ばわせよ、『進め、恐れるな』と
私が倒れれば、私はなをあげるのだ
『ギルガメッシュは恐ろしきフンババとの
戦いに倒れてしまったのだ』と

 わーわーやってる。

 話は変わるが、ギルガメッシュは神と人間のハーフだ。それゆえ、彼は決して完璧超人ではなくどこか人間臭さを感じる事ができる。友の死を悲しむ事も、永遠の命を求めることも神はしないことだろうから。いつか、ケルト神話の本を読んだときに「神は涙を流さない」といった旨の文脈があった。万能である彼らにとっては奇跡は起こらず常に必然。のるかそるかの涙を流す事もないのだとか。

 この叙事詩を書いた本人がどんなことを考えていたのかは分からないが、きっと神がかり的な偉人に、ひとかけらの人間くささを残しておきたいと感じたのだろう。

 おわり。


ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)

ギルガメシュ叙事詩 (ちくま学芸文庫)