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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】エロス讃美のただの飲み会/「饗宴」【感想】

ただの飲み会。

 難しく考える必要はない。『饗宴』はソクラテスをはじめとする知識人たちが、飲み会の席で終始エロスを讃美する話だ。古代ギリシャ人にとって、飲み会はただ栄養を摂取する宴ではなく、議論の場でもあった。現代ではネットを使って、自分の考えを簡単に世界中に発信することができる。しかし、昔は誰かに直接言うしかなかった。文字にして伝えることも出来たが、スピードに劣る。印刷技術の発達はまだまだ遠い位置にあった。

 思うに、ギリシャ人は何にでも神様を絡めて考える傾向にある。これをするのはあの神様がいるから。それとこれが対立しているのは、それぞれの神の家系がこうなっているから。など。


エロスについて

 エロスを色恋、情欲のみを司る神だと捉える人がいるが、それは違う。エロスは欲求と愛を支配している。それは情欲を含む、より大きな領域だ。空を自由に飛びたいな、その欲求が飛行機を生み出したように、あらゆる発明はエロスなしには起こりえない。

 やる気の塊、元気の塊、イノベーションの発火点。なるほど。人類生誕から神様はMakerムーブメント宣言を行っていたのだ。

完全体

 面白い箇所を紹介する。遠い昔、人間は男女の区別がなく、二つが合体した完全体の姿で生きていたという。頭は二つ、手は4本、足も4本。くるくると側転しながら迅速に前進していた。強い。

 あまりの強さから、人間はついに神に戦いを挑んだ。困窮したゼウスはついにとんでもないことを考える。

 自分は思う、人間をこのまま生かして置きながら、しかもこれを弱くして、その凶暴性を失わせる手段があると。すなわち今(と彼はいった)、自分は彼らを一人残らず真二つに切断しようと思う。

 そうして、人間は今の姿になった。彼らが互いを求めあうのは、以前の完全体を知っているからだとか。

 そうすると、僕らは二人になって初めて完全になるのか。電子軌道の話ではないけど、歪があれば安定軌道に戻りたくなるのか。不思議なものね。

おわりに

 その後、歴史的な飲み会は、アルコールの力を借りて、おかしな方向にハッテンする。「どうなるんかなー」と読み進めていくと、騒いだ連中が乱入してきて、なし崩し的に終わる。なんということだ。

 飲み明かした後の描写があるのが、なんともリアルだ。

 面白い本だった。


饗宴 (岩波文庫)

饗宴 (岩波文庫)