読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】自分の影を受けいれる強さを持つ/「ゲド戦記」【感想】

ファンタジー小説です。

http://instagram.com/p/m2BwZvhBI4/

影との戦い―ゲド戦記〈1〉 (岩波少年文庫)

 魔法使いの才があったゲドは、修行中に禁じられた魔法を使い、死の国から影をよびよせてしまう。姿形や名前さえもはっきりとしない正体不明の存在から、ゲドは逃亡をはじめる。しかし恩師であるオジオンに影と対峙するように言われ、少年は背中をみせるのを止める。影と真正面に向き合った。

 多島海世界を股にかけたファンタジー小説。実のところは魔法の要素は多くない。

影とは何か

 このゲド戦記では影という存在がキーになる。才能があったゲドは、魔法学校に入った後もめきめきと力をつけていった。しかしそのことを良く思っていないクラスメイトが彼を「俺より上だという証拠をみせろ」とけしかける。自分の力を過信していたゲドは死者の霊を呼び寄せるという禁じられた呪文を使ってしまう。そのときに出てきたのが影だった。影の力はとても強く、食い止めようと努力した校長先生も死んでしまうほど。ゲドは影から逃げるために世界をさまようこととなる。

 さて、一体影とは何だろうか。ゲドはこのように表現している。

肉を持たず、命を持たず、心を持たず、名を持たず、つまりはものとしてこの世になく、ただあるものといえば、ゲドが与えたこの世の外の恐ろしい力

 ゲド戦記の世界では魔法を使う上では対象物の真の名を知る必要がある。あらゆる物には(人にも)真の名があるのだが、影には名が存在するのかも分からない。魔法が通用しないのだ。小手先の技術が通用しないため、裸一貫でぶつかっていかないといけない。ゲドにとっては非常に恐ろしい存在に違いない。

 僕は影とは妬みやそねみ、欺瞞やおごりの総称だと考える。ゲドは自分のおごりから禁じられた魔法を使ってしまい、結果として影を呼び寄せた。彼は自分をつきまとってくる影から「こわいよこわいよー」と逃げているが、僕は「本当にそんな危険なやつなのか」と疑問に思ってしまった。確かに校長先生は倒れてしまったし、周りの人も騒いでいるがそこまで被害が大きいわけではない。最後の最後で「ドッキリでしたー!」と仕掛人たちがゲドの前に出てきて、なんだよもーとなる可能性もなくはない。そうだったらいいな。

 影との戦いとは、言い換えれば自分との戦いだ。僕も学生時代(もうこんな言い方しかできないのか)に数多くの戦いを強いられてきた。入学当初、「僕はきっとやればできるんだ、何かすごい才能があるはずだ」と自らを過信していた。しかし、在学中に学内に残せたのは百ページ余りのファイル綴じの論文一冊だった。何も、何も作れなかった。結局僕は何の才能もスキルもパワーもなかったのだ。「僕は凡人である」。大学で学んだことはそれだけだ。

受けいれる強さを持つ

 ゲドは影から逃げるうちに、自分の才を見いだしてくれたオジオンともとへたどり着く。心身ともに参っていたゲドを彼は暖かく迎え入れると、影に対抗するべくある秘策をさずける。それが「向きなおる」だ。今まで背中をみせていた影に真っ向から対峙するのだ。もしかしたら、オジオンは影が自らが生み出す負のイメージの固まりであることを理解していたのかもしれない。

 オジオンの言葉はこう続く。

 人は自分の行きつくところをできるものなら知りたいと思う。だがな、一度はふり返り、向きなおって、源までさかのぼり、それを自分の中にとりこまなくては、人は自分の行きつくところを知ることはできんのじゃ。川にもてあそばれ、その流れにたゆとう棒切れになりなくなかったら、人は自ら川にならねばならぬ。その源から流れ下って海に到達するまで、その全てを自分のものとせねばならぬ。

 自ら川になる。僕はこれを「影を受けいれる」ということだと思った。未来へ向かって急ぎ足で進むのではなく、一度振り返り、過去の自分を全て受けいれるのだと。あのころの醜い自分、傲り高ぶっていた自分、くすぶっていた自分、全てを理解てあげようと。使い古された表現だが「受けいれる強さ」が大事なのだ。

 なるほど、受け入れる強さか。しかし一方でこんな言葉がある。

射は仁の道なり。射は正しきを己に求む。己正しくして而して後発す。発して中らざるときは、則ち己に勝つ者を怨みず。反ってこれを己に求むるのみ。

 これは弓道教本に挿入されている「礼記射義」の一節である。「負けた時は恨むのではなく、原因を自分に求めることに意味があるよ」という意味だ。つまりは「恨むんじゃぁ、ない!」と言っている。受け入れないのだ。

 受けいれる、受けいれない。僕は前者のほうがより高い次元から物を考えられる気がする。弓道は結局は中るかはずれるか、二つに一つだ。競技としては単純で明確である。しかし人とか生きる道は決まったルールや筋道がない。定まっていないからこそ、全てを受けいれてなければいけない。何が起こるか分からないからね。

おわりに

 読もう読もうと思っていたけどなかなか読めなかったランキング上位の「ゲド戦記」。ついに読了。まだ三部作のうちの一作なので残りの二冊も近いうちに読みたい。