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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】自分はまだ二十四ではないか。何もかもこれからではないか。/「天地明察(下)」【感想】

前回の続き。

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天地明察(下) (角川文庫)


 下巻は春海が改暦の命を受けいよいよ本格的に大事業がスタートする。春海は現在採用されている宣明暦を中国の授時暦に変更するため、明国で使われていた大統暦をあわせた三つの暦で勝負を行うことを考える。むこう三年分の六回の蝕に三つの暦の予報をぶつけて正しい暦がどれかを競うのだ。実際に始めると宣明暦と大統暦に比べ、授時暦の正確さが明らかになっていく。しかし最後の一回で授時暦が蝕の予報をはずした。一体何が起こったのか。果たして改暦は行われるのか。

 決して届かない天に手を伸ばし続ける、一人の男のストーリー。最後は泣ける。


暦の歴史

 この本で暦について興味が沸いてきたので少し調べてみた。暦は太陽暦と太陰暦そして太陽太陰暦の三つに分類される。太陽暦は文字通り太陽の動きを基準にし、一年を365日とする暦である。一方で太陰暦は月の満ち欠けを基準にする暦だ。あとの太陽太陰暦は太陰暦に閏月を追加したもの。現在広く使われているグレゴリオ暦は太陽暦で、平年を365日とし四年に一度(例外があるが)閏年を設けて平年に一日を挿入する。江戸時代に用いられた宣明暦は太陽太陰暦の一種で、一年をひと月を30日とする大月と29日とする小月により構成している。大月と小月はその年ごとに計算しなければいけない。日本の暦は春海が作成した貞享暦以降、宝暦暦、寛政暦、天保暦と移り変わっていくが、明治初期にグレゴリオ暦が採用されてからは若干の修正を加えながら現在も同じ暦を採用している。

 グレゴリオ暦は1582年にローマ教皇のグレゴリウス13世が制定した暦である。いままで使われていたユリウス暦はカエサルが紀元前45年に制定したものであるが、約千六百年の間に実際の暦とずれが生じてしまっていた。カトリックでは春分の日が重要な日であるが、それが実際の観測日と暦の上とでは十日もずれていたのだ。原因は閏年を設ける条件あった。一年の日数は365日であるが実際に地球が太陽の周りを回る時間は約365.2422日とそれよりも若干長い。ユリウス暦はずれを修正するために四年に一度閏年をもうけていたがそれでも一年の平均日数は(365*3+366)/4 =365.25日となりまだ正確な値にはならない。これに対しグレゴリオ暦は閏年を400年に97回設けて一年の平均日数をユリウス暦よりも少なくした。

 「西暦紀元(西暦)の年数が100で割り切れ、かつ400では割り切れない年は平年とする。これ以外の年では西暦年数が4で割り切れる年は閏年とする。」

グレゴリオ暦 - Wikipedia

 というややこしいルールがあるのはそのためだ。このルールにあてはめると西暦1600年は閏年、1700年、1800年、1900年は閏年ではないことになる。次の100で割り切れる平年は西暦2100年。生きてるかな。

月名の由来

 英語の授業で月名を覚えさせられた記憶がある。スペルと発音が対応せずよく間違えたものだ。中でも二月は水曜日と並ぶ強敵で大変苦しめられた。暦のついでに月名の由来についても調べてみたら以下のページがヒットした。
 月名の由来

 これによると一月から八月は神様や人の名前であって意味があることが分かるが、九月以降は「第7の月」や「第8の月」などいい加減な由来になっている。つけるときに面倒くさくなったのではないかと勘ぐってしまう。ちなみに七月はユリウス・カエサル、八月はアウグストゥスが由来となっている。

人間模様もこの本の魅力の一つ。

 前回の僕の感想を読むと「天地明察」が難解な数学のことばかり書かれていると勘違いされてしまいそうだ。しかしそれは違って数学以上に人間模様が色濃く描かれている作品である。春海を碁士としてライバル視している道策は春海が勝負をさけることを恨む。算術家の関孝和は改暦に挑む春海を遠くから見守りながら、影で暦の理論を分析していく。主人公をサポートする建部や伊藤、闇斎は自身の願いを春海に託し先立つ。えんに婚約を申し込んだシーンはキュン死にしてしまうところだった。

「家が許すのでしたら、今度こそあなたが期限を守るよう、そばで見守って差し上げます」

 気が長いよね。お互い。

おわりに

 渋川春海は若いときに北極星観測に赴いたが、そのときリーダーだった伊藤と建部のバイタリティに感動する。

 人には持って生まれた寿命がある。だが、だからといって何かを始めるのに遅いということはない。その証拠が、建部であり伊藤だった。
(中略)
 自分はまだ二十四ではないか。何もかもこれからではないか。

 その後に彼は一生をかけて改暦という大事業を果たす。偶然なことに僕も二十四だ。まだ何者にもなれていないし、何も世に残していない。しかし彼の「まだ二十四ではないか」という言葉を聞いて勇気がわいた。今はどんなことが出来るか分からないけど、興味のあることに手を出しながらいづれは大きな成果を出したい。手を出した一つにこのブログがあって、読書があって書評がある。社会人になっても頑張って記事を書いていきたい。