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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

空気読む技術はもういらない!大学生に送るオンリーワンの技術

読書

photo:The Keys Are Inside by ~Darin~


 筆者は何十年も前から途上国へ赴き、排水処理施設や、バイオマスプラントの設計、建設を行ったすごいひと。日本の技術をそのまま移すだけではモノはうまくできない。その地域にあった技術、つまり適正技術が必要だとか。

 適正技術と代替社会――インドネシアでの実践から (岩波新書)

 

海の向こうの国はみんなわくわくさん

 それは、何らかの製品をつくるのは、もっぱらそれぞれの分野で専門性をもった企業がやることだと考え、それを手に入れる材料と自分のもつ能力でくふうしてつくるということから遠く離れてしまった私たちと対照的な技術感覚である。

 
 インドネシアの人は、企業任せの日本とはちがい、家庭ゴミからでた廃プラスチックのひとつひとつを手で洗っていた。地球をきれいにしようなどという考えはきっと持っていない。お金が欲しい!うまいもん食いたい!その一心で知恵をふりしぼって生きている。みんなわくわくさんなんだ。子供の頃の想像力や発想力を失わずに楽しそうに暮らしている。僕はそう感じた。
 

なんでも作ってしまう夢の工場

 そこでは、必要とされるありとあらゆるものをつくってしまうようなところがある。YPKMのベンケルでは、鉄製の飾り窓枠、可動式の鉄扉、パイプイス、戸棚など家庭で使う製品から、車椅子、義足の蝶番などの福祉関係の製品……

 (中略)をも手がけていた。

 僕が通っている大学にも学校工場がある。学生ならだれでも使うことができるはずなのだが、機械の使い方も詳しく知らないし、それ以前になにを作れば良いかわからない。ベンケルという工場が近くにあったらどんなにすてきだろう。あ、これつくってみたいなと思ったものをすぐに形にできる世界。アイデアが洪水みたいにそこらじゅうに溢れてきそうだ。

 最近は3Dプリンターが普及し始めているけど、ぼくらが日常的に使うようになるまではまだ時間がかかると思う。せめて卓上ボール盤くらいは自宅に欲しいところだ。

ダメだったときこそ考え抜く

 

 実験というものは、いい結果が出ない場合は、あらゆる可能性を考えて、原因をつきとめなければならない。

 筆者がバイオマス廃棄物からエネルギーを取り出すプラントを開発していた際、トラブルが起きた。ガスのサンプルを採り始めたが、ガスの発熱量が低すぎたのだ。彼はあらゆる原因を考えた。数ヶ月を要し、その意外な原因に気づき、修正することが出来た。
 確かに原因を見つけ修正することも大事なのだが、僕はその過程に注目した。「あらゆる可能性を考えて、原因をつきとめる」この単純なことをどれだけの大学生ができているのだろう。「なんとなく」「過去レポではこうだったから」「わからん」で済ませていないだろうか。原因が分からなくてもすぐに諦めないことだ。毎日考え続ければ、いつの日かふとした拍子に分かるかも知れないのだから。
 

必要なのはその場しのぎの技術

 

 (途上国では)

 先進国の技術の単なる移転や模倣ではなく、それぞれの地域の条件に適した、人々に無理なく受け入れ可能な技術が求められる。

 もしドラえもんのタケコプターが超電磁波浮遊粒子放出器という名前だと考えてみてほしい。形状も竹とんぼに吸盤がついているものではなく、見たこともない全く異質な物体だったら…。きっとのび太はドラえもんを信用しなかっただろう。なぜ22世紀の道具が2世紀前にも通じるネーミングなのか。その理由は上の引用と同じだ。
 21世紀。もう大量生産大量消費の時代は終わった。誰もが同じものを身につけ似たような行動をするなんてナンセンス(死語?)だ。その場しのぎとは聞こえが悪いが、言い換えるならまさに「適正技術」。条件にあった技術を開発、提供するのが必要だ。

小さいことでもいいから自分でやってみる

 

 手間省きや安楽はある種のワナであって、人々がそれに過剰に浸ることは、それを自分たちで行うことで獲得されてきた人間的能力を失うことと裏腹である。だから、エネルギー消費を下げることをを手がかりに、自分でやる部分を豊富化していくことは、それらの人間の能力を回復することにつながる。

 コンビニの弁当はうまい。僕はセブンイレブンの398円の海老天丼が好きだ。しかし、できあいのものばかりで済ませてしまうのはよくない。健康面もそうだが、自分の創作スキルが減っていくのを実感しているからだ。米を炊き、みそ汁を作るくらいは自分でやりたいものだ。
 とりあえず自分でやってみるというのは心と体に良い影響を及ぼす。それはコンビニ弁当以上の価値がある。

おわりに

 時間があいてしまいましたが、これで書評はおわり。ひさしぶりに長い記事を書きました。これからもがんばろう。