マトリョーシカ的日常

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【書評】フリーザ様から学ぶ優秀なリーダーのあり方/「君主論」

君主をリーダーに置き換えて読んでみて!

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君主論 (角川ソフィア文庫)

 「イタリアを強力な独立国にするには力強いリーダーが必要だ!」

 職を追われたマキアヴェッリが自分の運命を殴りつけるために君主に献上した魂の一冊。国家と政権について論じイタリアの統一・再建に役立つ方法を記述した。「君主は政治に関しては非道徳であるべき」と述べたこの本は発刊当初から多くの人に批判された。しかしその中でもマキアヴェッリの精神を理解する者がおり彼の思想は根強く残った。結果としてそれが広く受け容れられるようになったのは十八世紀以後のことだった。彼が亡くなったのが1527年であるので数百年の時間がかかったらしい。

 君主論なんて自分には必要ないと思っているあなた。そんなことはない。君主をリーダーや主任または次長課長社長などチームを率いる人物に置き換えて読んでみてほしい。現代の世にもマキアヴェッリの理論は通用するはずだ。

 死ぬまでに一度は読みたい本。

マキアヴェッリってどんな人?

 本書を読む前にマキアヴェッリについての知識があったほうが都合がいい。巻末の解説ページに彼の生い立ちと君主論が書き上がるまでの経緯が詳しく載っていたので抜粋して紹介する。ニッコロ・ディ・ペルナルド・マキアヴェッリは一四六九年にフィレンツェで中流家庭の次男として生まれた。二十九歳で評議会の書記になり外務を担当。ヨーロッパ中を飛び回った。しかし一五一二年に職を追われ家族ともども山村にひきこもる。それ以来細々と暮らしていたが自分の惨めな姿に対して憤りを感じ一念発起。君主論を書き上げた。

 Wikipediaに詳しい記述があるがこれを読む限りでは情熱を持ったがんばり屋さんという印象を受けた。悪い人ではないようだ。

 ニッコロ・マキャヴェッリ - Wikipediaニッコロ・マキャヴェッリ - Wikipedia

本の構成

 君主論へ話を戻す。これは自分の思想をメディチへ伝える形で書かれたものなのではじめに「ロレンツォ・デ・メディチへ献ぐ」と書かれている。本の構成は君主国の種類とその性質、軍勢、君主の気質の三点について述べて最後にどうすればイタリアを強国に出来るかで締められている。章立てがいくつもあり今何を話しているのか見失いがちなので章ごとに論点を整理したものを下へ書いておく。

国/所領
  • 共和国(この本では述べない)
  • 君主国
    • 一家承伝
    • 新しいもの
      • 混合君主国(三章)
      • 全く新しいもの
        • 自分の力量によって手に入れた場合(六章)
        • 運によって手に入れた場合(七章)
        • 凶悪非道な対応によって手に入れた場合(八章)
        • 人気によって手に入れた場合(九章)
        • 宗教君主国(十一章)
軍勢
  • おのが手勢(十二章)
  • 傭兵組(〃)
  • 助勢(〃)
  • 加勢(十三章)
君主の気質
  • 寛容/ケチ(十六章)
  • 残虐/慈悲(十七章)


 ざっくり書くとこんな感じだ。

国を企業に置き換えてみると面白い。

 僕が気になったところはいくつかあるがはじめに軍勢の項を紹介する。マキアヴェッリは軍勢には四種類あるが自分の手勢のみを使うのが一番良いとしている。それは傭兵や助勢は自分たちの利益のみを追い求めるため危険な状況になったらすぐに逃げ出すし、また加勢により戦に勝つと加勢によって国が支配され負けても悲惨な状況になるからだとしている。分かりにくいので国を企業に置き換えて考えてみた。そうすると君主は社長で手勢は社員。傭兵や助勢は派遣やバイトで助勢は他の企業からの応援となる。

 人件費を減らすために非正規社員を増やすのはよくある話だが会社の経営が傾いたときに彼らは我先にと辞めていくだろう。他の企業から応援が入るといつのまにか大事な技術を盗まれたり身内が引き抜かれる恐れもあるのだ。

「おのが力によらぬ権勢名聞ほど世にも不確かな無情なものはない」

 「なるほど!」

フリーザは優秀なリーダーである

 君主の性質の項を読んでいくと君主に対してもやもやと頭にあるイメージが出来上がっていった。

ドラゴンボール改 S.H.Figuarts フリーザ 最終形態

 フリーザ様である。

 ドラゴンボールのナメック星編に登場する強敵である。彼はサイヤ人のポテンシャルに危険を感じ惑星ベジータを破壊した極悪非道の宇宙人だ。なぜ彼を思い浮かべたかというとマキアヴェッリの言う君主の気質に見事に当てはまっていたからだ。マキアヴェッリは君主たるもの正道だけでなく時には非道になる必要があること、慕われるよりは恐れられた方がよいことを述べている。さらには法と暴力の二つをバランスよく使って人を支配することも重要だとか。時には優しく時には冷酷で部下に恐れられている存在。まさにフリーザである。

 しかしフリーザはひとつの失敗をした。君主は怖がられるのは良いが憎しみは買ってはいけない。憎しみは忘れられることはないからだ。

 ところが君主が恐がられるように仕向けるにつけても、よしんば慕われずとも憎しみだけは受けないようにしなければならない

 フリーザが惑星ベジータを滅ぼすときに生き残ったサイヤ人のうち数人は強い憎しみを持ち(悟空はこれに入らないと思う)、その後フリーザに戦いを挑むことになった。その結果はもうみなさんの知っている通りである。

http://www.flickr.com/photos/13879753@N07/6769961739
photo by DailyM = Differentieel + JeeeM

※クリリンのことかー

おわりに

 最後に気に入ったフレーズを引用する。

 運命は女だ、時にはなぐりつけないと増長する

 二十五章でマキアヴェッリは運命を激流に例えており、それに対して準備を行っておく必要性を説いている。運命には抗えない要素が多い。しかし自分でコントロールできる余地がまだ残されている。彼は自分の運命を力で押さえつけ激流の中を進んでいったに違いない。


 記事を書くのにだいぶ時間がかかってしまった。古文を読むのって頭を使う。方法序説もそうだけど数百年も読み継がれたのにはちゃんと理由がある。君主論に書かれている内容は普遍性を持っているのできっと宇宙時代になっても適用できると思う。

 本の中身は具体例が数多く挙げられているが歴史を知らない人なら流し読みでもいいと思う。とりあえず通読すること。古文の要はそこにある。