マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

特性関数形ゲームにおける出張と日本酒

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 私は新幹線の窓側の席に座った。目の前にはコンビニで買ったコーヒーとおにぎりが並んでいた。ターリーズコーヒーのブラックと、鮭ツナ梅干しのおにぎりだ。車両は音もなく加速し、見慣れた街は消えた。私は「ゲーム理論入門」を開いた。上司は隣で寝ている。

 ナッシュ均衡の応用例としてクルーノーの複占市場が挙げられる。これは二企業間で同一の製品を生産する際に、どのように生産量が決定されるかを考える問題である。結論だけ書くと、競争すると企業の利益は減る。もし二企業間が話し合って価格を設定すれば彼らの利益は増える。彼らが競争することは消費者にとってはとても良いことなのだ。他にも用語の説明としてマックスミニ戦略があった。これは最悪の場合を想定して、そのときに最も利得を増やせる選択肢を選ぼうという戦略だった。マックスミニとかミニマックスと聞くと、私は偶然世界を思い出す。PKD著のSF小説で、なんだか不思議なお話だった。

 ミニマックスの理論——Mゲーム——は、混沌とした渦巻きのなかであがく人々のストイックな逃避、非干渉の場だった。Mゲームのプレイヤーはじっさいには何ひとつ手をくださない。危険を冒しもせず得るものもない……また心理的圧迫もこうむらない。

 章は変わった。今度は戦略の決定が非同時に行われる場合を考える。同時と何が違うかと言うと、ゲームの表現方法が違う。樹形図のような木を用いたものになる。ちょうど性格判断のフローチャートのように、ある時点の選択肢からつぎへつぎへと枝分かれしている。最大の違いは合理的ではないナッシュ均衡が出てくることだ。それは存在しない世界線を考慮するためである。実現しなかった未来についても一旦は戦略を立てるので、結果オーライとなることもある。全ての世界線における最適解の組を部分ゲーム完全均衡という。行動決定が時間を置いて行われるゲームにおいて、さきほどのクルーノーの市場の問題を考える。そうすると名前が変わる。シュッタッケルベルクの複占市場である。結論は「先に参入した企業のほうが有利だよ」というものであった。

 駅を降りて数分ほど歩くと、すぐに目的地にたどり着いた。大勢の人がいた。しかし彼らには熱量はなく、ただ漫然とそこにいるようだった。私たちも例外ではない。この出張に意味はなく、意味を見いだす必要もない。さきに昼食を済ます。上司がごちそうしてくれた。ありがとうございますと言うと、今日の昼と夜はおごるから明日は自分でなんとかして、とさらりと答えた。嬉しかった。少し手足を動かすとややあって夕方になった。近場のホテルにチェックインして休憩した後に、夕飯をとりに外へ出た。なかなか寒かった。

 魚を食べて日本酒を飲んだ。銘柄は良く覚えていないが、おいしかった。お酒は強い方か、と聞かれたので弱くはないですと答えた。へぇという顔になって今日は飲みなさいと勧められた。ありがたかった。値段は見ないことにした。杯を重ねながら話をするうちにいくつか情報を得た。年齢は十ほど上。小学生になる子どもがいるとか。読書とコーヒーが好き。どこか私と似たようなものがあった。入社してもうすぐ丸二年経とうというのに、私はなにも知らない。

 しかしながら、3人以上のゲームでは、プレイヤー全員が協力する場合だけでなく、そのうちの何人かが協力して他のプレイヤーたちに対抗するという状況も生じてきます。(中略)フォン・ノイマンとモルゲンシュテルンは、このような状況を特性関数形ゲームと呼ばれる表現を用いて記述しました。

 特性関数形ゲームの中で、利得を上手に配分する解はいくつか存在する。コア、仁、シャープレイなどがそれである。解の考え方は大きく分けて二つあって全員が協力したとき、全員が納得できるかというものと、分配をめぐって交渉したときに安定した結果として得られるかというものだ。その話はどうでもよかった。私は自分の利得は何かを考える。そしてそれが定量的なものなのかと問いかける。分からない。分からないと言う言葉を何度使って来たことだろう。

 我々はゲーム的状況に陥ることもあるが、必ずしも合理的な判断を下すわけではない。ゲーム理論もそれに対応するために限定合理性という言葉を導入した。さらには進化と学習のゲームを提案して来た。失敗と成功をフィードバックして次世代の戦略に反映するのだ。好手は繁栄し、悪手は淘汰される。

 私は進化的安定戦略を選ぶことができるのか。一年後、数年後、十数年後に笑っていられる戦略を立てられるか。計画を立てて実行するのは向いていない。今日と明日の楽しさだけを敏感に感じ取ればいい。帰りの車内は行く時よりも静かであり、時間も短かった。

ゲーム理論入門 (日経文庫―経済学入門シリーズ)

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