ひどく忙しい日々が続いている。通常の設計業務に加えて、なにかしらの調整作業が加わっているためである。あちらを立てたら、こちらが立たずといったことがらを、人々の間ですり合わせながらそれを生きている。もしかしたら調整の方が7割くらいになっているかもしれない。通常業務が通常ではなくなってしまう。しんどいことよ。
「嫌われる勇気」を読む機会があった。本自体は十年ほど前に売られていて、わたしも何回か表紙は見たことがあった。ただそのときは「別に嫌われる勇気自体は持ち合わせているし、読まなくてもいいか」と考えていた。当時はその通りだった。
しかし、今読むと、いまいま本当に大事なことが書かれていた。本は開かれるべきときに開かれたのだ。わたしは読むべきときに読んだ。そういう人生のやりくちもあったわけだ。
そう、われわれはなにかの能力が足りないのではありません。ただ〝勇気〟が足りていない。すべては〝勇気〟の問題なのです。
幸せになるにはどうしたらいいか。要は勇気が足りなかった。だいたいのにんげんは「こうしたい、こうありたい!」という衝動が内にあって、それを叶えれば幸せになれるんじゃないかって考えた。叶えるにはなんらかの無理というかハードルが設けられていて、よいしょ!としなければいけない。それをするための勇気。
例えば痩せたいんだったら、痩せるための勇気が必要だ。転職したいのだったら転職する勇気が必要だ。「時間がない、能力がない、環境が悪い」といいながら進捗していかないのは、よくあるありかただけれど、それはよろしくない。
「勇気」とは「怖さ」を知ることッ!「恐怖」を我が物とすることじゃあッ!
人間讃歌は「勇気」の讃歌ッ!!
人間のすばらしさは勇気のすばらしさ!!
いくら強くてもこいつら屍生人は「勇気」を知らん!
ノミと同類よォーッ!!
これはジョジョのツェペリさんのセリフ。勇気は自分の弱さ、他への恐れを受け入れることで手に入れることができる。恐れ知らずは勇気とはいえない。「こわいけど、がんばる!」という感触をつかんでいく。
私も勇気を身につけたい。この状況から打開するなにかを。個人でWebサービスを作り続けながら、社内でも自分がしたいことをできるように動いていこう。