マトリョーシカ的日常

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どこから読んでも草不可避/もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら

 先日、星井七億 (id:nanaoku) さんの桃太郎の本を購入した。これは、日本昔話の桃太郎をさまざまな切り口で展開させる話だ。タイトルの「矢沢永吉〜」はその代表作である。「この時点でもうスターの素質があったのよ」「金銀財宝とか、BRAVIAとか、プレミアムモルツとか持ち帰って」など、恐らく矢沢さんは言わないだろうけど言うとしたら矢沢さんしかいないというフレーズが投げ込まれている。

 星井さんの桃太郎話はブログに投稿されているころから読んでいた。たしか、矢沢永吉の話がホットエントリに入った頃から。それ以降も彼は続々新作を投入していき、「絶対ネタが尽きるだろう」と思っていた。しかし、ネタは無尽蔵に出て来た。恐ろしい。もしかしたら、星井さんの中の桃太郎はひとつの形式であり創作の幅を狭めることには関わらないのかもしれない。彼は桃太郎の他にも走れメロスや浦島太郎を題材にして書いている。

 面白さの源泉はモチーフをデフォルメさせる彼の能力にある。モノマネ芸人のそれである。その人のクセを強調したり、言いそうな単語を連呼させる。それがなぜか本人よりも面白くなってしまう。星井さんは観察眼が鋭く、また機能的なフィルターを備えている。彼の手にかかれば、どんなことでも痛快な桃太郎ばなしに変換してしまいそうだ。

 本の中ではさまざまな話が載っているが、私が一番好きなのは「戦いたくない桃太郎」だ。争いごとを好まない老夫婦に育てられた温厚な桃太郎が、まわりにそそのかされて鬼退治に参加してしまう。正義をふりかざす犬と、ネタ作りのために同行するサル。そして争う様を見物するのが趣味のキジ。本当は鬼は悪くないのだが、キジが桃太郎と戦うように嘘の情報を与える。そして両者は争う。何に?何かに。

「戦えよ、ああ、イライラする! お前は俺に消費されるコンテンツだろ! 俺を満足させるんだ! 俺の前で争え! 俺に醜いケンカを見せろ! 退屈させるんじゃないぞ!」涎を垂れ流しながらキジが鳴きます。

 言葉遣いに鋭さがある。もしかしたら、自分もキジのような感情を内包しているのかもしれない、とぎくりとしてしまう。こんなふうに星井さんの書く桃太郎は、ただのユーモアのある昔話ではなく、社会風刺的な内容も含まれている。

 書き下ろし作品もあるが、掲載されている話はほとんどネットで読むことが出来る。しかし、それらが一冊の本になっていると破壊力が増す。どこから読んでもばからしく、腹を抱えて笑ってしまう。おすすめ。

作者のサイト
ナナオクプリーズ

もしも矢沢永吉が『桃太郎』を朗読したら

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