マトリョーシカ的日常

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そこらへんの記録抹殺刑(ダムナーティオ・メモリアエ)/ローマ人の物語23

 七十九年、ヴェスパシアヌスの死後、息子のティトゥスが帝位につく。よきことをしようと努めたが、ヴェスヴィオ火山の噴火やローマ大火、疫病の処理に追われていたら倒れた。

 八十一年、弟のドミティアヌスが兄に代わる。在位十五年の間にインフラ整備や多数の公共施設の建設を行った。彼の建造物の中でも「リメス・ゲルマニクス」は有名だ。それは長い長い防衛線であり、ライン、ドナウ両河川の上流とシュバルツバルトを自国領土へ入れてしまうようにつくられた。国民の安全を保障し、食も充分に提供したり、いろいろ頑張った。しかし、浮気の疑いをかけられて暗殺されてしまう。かなしいね。元老院はドミティアヌスを「記録抹殺刑(ダムナーティオ・メモリアエ)」に処した。彼の石像や記録は片っ端から壊され、消された。

 つなぎ役として、七十一歳のネルヴァが皇帝になった。おじいちゃんだった。一年と四ヶ月後の統治のあとに寿命で死んだ。その後継者はトライアヌスだった。

 そんなお話。

 来世を信じず、ゆえに現世で成された業績とそれによってもたらされる死後の名声を最重要視したローマのエリートたちにとっては、「ダムナーティオ・メモリアエ」くらい不名誉で重い刑罰はなかったのである。そして、皇帝に対するこれほど強力な武器を手中にしていたのが、ローマ帝国の元老院であった。

 ここまで書いて数日放置していたら、次になにを書こうとしていたのか忘れてしまった。人の記憶は消えやすく、それゆえ記録抹殺刑の威力は強い。文書や石像等あとに残るものを破壊されてしまえば、思い出はたやすく朽ち果てる。

 ジョージオーウェルの「動物農場」は、牧場主に代わって豚が政権を担う物語である。動物たちはこれで真の自由が訪れると興奮したがまったくそんなことはなかった。はじめに提示された七つの戒律が書かれた板はいつの間にか壊されて「二本足は悪い、四本足は善い」に置き換わり、最終的に「四本足は善い、二本足はもっと善い」になった。動物たちの記憶能力を笑う人もいるかもしれないが、人間だってそう変わらないだろう。

 「ダムナーティオ・メモリアエなんて過去のものだろう」。そんなことはない。確かに近年は情報は遍在し、誰もがアクセスできるし発信もできる。「自分が覚えていなくても誰かが覚えているはず」と考えてしまいがちだ。しかし、情報量が増えた現代こそ記憶の重要性は増す。

 昨日の朝刊にマイナンバー導入の記事があった。国民ひとりひとりに十二桁の番号が割り振られ、それを使うことで年金や引越の各種手続きが簡単になるらしい。恐ろしい。もし機械が「うっかり」あなたの番号を発行しなかったらどうなるのか。消えた年金どころの騒ぎではない。未来人間は自身の脳みそは有しておらず、頭に埋め込まれたマイクロチップからネットの情報へアクセスするかもしれない。そうなったら忘れるということは簡単に行われるだろう。

 「記録よりも記憶に残りたい」誰かがそんなことをテレビで言ってた。彼は誰だっけ。


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ローマ人の物語〈23〉危機と克服〈下〉 (新潮文庫)

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