「記憶に残る風景」 #地元発見伝
学生の頃、ぼくは何度もこの道を通った。あるときは雨で、あるときは晴れていた。大体は一人で行き来し、二人以上で連れ立って通る事は稀だった。「昔は悩みがなかったな」と簡単にものを考えるが、決してそうではなかった。あのときはあのときの悩みや苦しみがあったはずで、僕がそれを忘れているだけの事だから。
ひとがたくさんいるのが好きだったから、学校は好きだった。さらに言えば、僕に全く関与しない人が多かったから、学校が好きだった。不特定多数の中に埋もれて、僕は何もにもならず常に未知のまますぎていく日々は。はやかった。結局のところ、結局? そう、結局なのだが僕はなにがしかの個体として特定されてしまい、今ははこうして生きている。この道に特別な思い入れはないが、風が気持ちよかったのだけは覚えている。
地元の魅力を発見しよう!特別企画「地元発見伝」
- 作者: 三浦しをん
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2009/06/27
- メディア: 文庫
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