多数派の存在が論理的に意味するものは、それと対応する少数派の存在である。
ごり押しとはほど遠い小説だった。今回購入した『トータル・リコール』はディック短編傑作選と副題が書かれており、Philip K.Dickの様々なSF短編を読むことができる。グレーのカバーの中にいくつもの小宇宙が埋め込まれているようだった。読み切るのがもったいないくらい。彼の小説はいきなりフルスロットルでやってくる。シフトレバーなぞ存在しないようだ。
引用文は『マイノリティリポート』から。映画は知っている人も多いだろうが、原作を読んだことがある人は案外少ないのではないだろうか。近未来、人々は予知能力者の力を借り、犯罪を予知し未然に犯罪者を逮捕する「犯罪予防策」がとられていた。犯罪予防局に勤めていたアンダートンは、ある日犯罪予知の結果に自分の名前が殺人犯として出力されるのを発見する。被害者は全く面識のない人物。一体だれかの陰謀なのだろうか、それとも自分が本当に誰かを殺害してしまうのか——。
映画ではCGを駆使した近未来的な映像に興奮した覚えがある。「自分の運命は自分で変えるんだよ!」という前向きなメッセージも発信していた。しかし、原作はわりとあっさりと物語の幕を落とす。短編なので当たり前といえば当たり前なのだが。
犯罪予報は三人の予知能力者によってつくられる。彼らはそれぞれ違う予知夢を見て、それらを統合させる。いや、統合とは言えない。一人が見た夢を、もう一人がインプットして夢を見る。さらに最後のひとりがそれをインプットする。複雑な作りなのだ。三人とも結果が一致しないことも少なくない。その時はマジョリティが優先され、マジョリティリポートとして予防局のみなさまに出力される。
多数派の存在が論理的に意味するものは、それと対応する少数派の存在である。
しまった。もう一度引用してしまった。マジョリティが意味するのはそこにマイノリティが存在するということ。棄ててしまったリポートは意味がないものではなく、マジョリティはそこからなにかしかの影響を受けている。
僕らは心の中で多数決を繰り返すけど、ひとつだけお願いがあります。いなくなってしまった人たちのこと、時々でいいから……思い出してください。それらは無価値ではないから。ただそれより値が上回る選択肢が存在したというだけ。時と場所が変わればどうなるかは分からない。
ですよね?
- 作者: フィリップ・K・ディック,大森望
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