マトリョーシカ的日常

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【書評】江戸の数学オタクが暦を変える/「天地明察(上)」【感想】

天体観測。

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天地明察(上) (角川文庫)

 中古本屋に安く売られていたのを購入した。「天地明察」は渋川春海が新しい暦を作り上げる江戸時代の時代小説である。碁打ちの名家に生まれた春海は自分の境遇に窮屈さを感じ、算術に活路を見いだす。碁打ちの仕事も適当にけりをつけては算術の問題に明け暮れる始末。彼の囲碁の腕前はかなりのもので、才能の無駄遣いという言葉が聞こえてきそうだ。しかし自分の才をひけらかして傲慢な態度をとることは全くなく、誰に対しても丁寧に接する。そんな姿勢は読者の僕だけではなく周りの人物も好感を持ち、彼の周囲にはデキる人間が集まる。彼が暦を改めるという大仕事を任されたのは、算術の能力もそうだが彼の真摯な姿勢によるところも大きい。

作中の算額を解いてみる

 この小説で特に気に入ったところは要所で挟まれる算術の問題である。これは算額と呼ばれ、絵馬や額に問題と解法を示して神社や寺に奉納したものである。当時は大人も子供もやっきになって平面幾何学の問題を解いていたというのだから、江戸時代の学力水準は相当高かったと思われる。

 僕は冒頭にあった算額の問題でページをめくる手が止まり、つい問題に手を付けてしまった。
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 図を見れば理解できると思うが、直角三角形の斜辺以外の辺がそれぞれ12と9であるとき、図形に内接している二つの合同な円の直径を求める問題である。いくつかやりかたはあるが、補助線を引いて面積に関する方程式を立てるのが手っ取り早い。
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 巻の終わりに書かれている問題も面白いものだった。

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 図のような14の円がありaとbの円の周の合計が9、dとeとfの合計が18、jとkとlとmとnの合計が45であるときaの周の長さを求めよ、という問題だ。一見すると未知数が10個あるのに方程式が三つで解がないように思える。しかしこのあとで登場人物の一人がこれは招差術を使う問題であることを示している。招差術とは何だろうと調べてみると以下のようなページが出てきた。

奇想庵: 『天地明察』招差術の問題について

 なるほど。一般項を
a_n=p\time n^2 + q\time n +r
(p,q,rは未知数)と置いて数列の問題に帰着させるようだ。この一般項を先ほどの三つの方程式にあてはめれば三つの未知数に三つの方程式となり、解を求めることができる。

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最終的に右下の式が出てくる。これを求めればいいのだが、逆行列を計算しなくてはならないので手計算では面倒くさい。というわけでMatlabを使うことにした。


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 linsolveはAX=Bという線形行列式を解くときに使うコマンド。answerはaの周の長さ(n=1のときのan)を示している。出てきた答えは文中の「七分の三十」に近い値なので明察としよう。

暦をつくるということ

 主人公の春海は改暦という国家の大プロジェクトに巻き込まれてしまう。その中で彼は暦がいかに多くの人に影響を与えるかを知ることになる。

 もしかすると暦とは、一つに、人々が世の権威の所在を知るすべなのかもしれない。江戸や京や伊勢といった世の権威を、公然と、またひそかに比較しうる道具なのである。
(中略)
 権威の所在——つまり人々は、徳川幕府というものを絶対的なものとして崇めているわけではないのではないか。

 能力者どうしのバトルでは大体時間操作系が最強に位置している。力が強くても当らなければどうということはないように、強者も時間の流れには抗えない。暦を変えるということはそれを利用する人々の時間を握ることに繋がる。大変な影響力である。しかし僕が考えるには、彼が改暦に精進したのは世の中をよくしたいという気持ちより、自分の興味のある分野で何かを成し遂げたいという熱意によるものだったのではないか。作られた枠を飛び出だそうと努力したDIVE!!のトモキのように。

おわりに

 決して届かない天の問題を地にいながら地道に解いていく。天文学はそういう作業が含まれるのだろう。作中でも春海らの測量チームは日本全国を歩き回って、そこから見える北極星から土地の緯度を計算していった。自分の予想と実際の値が合っていたら「天地明察」! 気持ちがいいだろうね。

 上巻は春海個人の戦いが主に描かれているが、下巻では国家プロジェクトがいよいよ動き出す。果たして春海は無事に暦を作り替えることが出来るのか。新しい算額は掲載されているのか。早く下巻の続きを読もう。