ぜひ読んでください
アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))
<最終世界大戦>後、世界は汚染された死の灰で覆われ地球上のあらゆる生物種は絶滅していった。大多数の人類が他惑星へ移民していく中で未だに地球にとどまり続ける人間たちがいた。彼らの間では動物を飼うのが一種のステータスであり、主人公のリックもその例に漏れず、所有している人工の電気羊では満足せず本物の動物を飼うことを夢見ている。そして彼はその購入資金を他惑星から侵入してくる懸賞金付きアンドロイドを始末することで工面することを決意する。
人間とは何か、人間とロボットを分け隔ているのは何かということを考えさせられるSF小説。
SFらしい設定
実は以前も読んだことがあったのだが売ってしまい本の内容も忘れたので再度購入することにした。一年くらい前まではこうやって本を売っては買いを繰り返していた。所有する本を限定することで本棚の内容が洗練されていくのではと考えたからだ。しかしもう読まなくなっても表紙や背表紙の圧力で心が満たされるということはよくある。書評を書き始めてその想いは強まった。
前置きが長くなった。本書はSF小説らしい設定で溢れている。199X年、世界は核の炎に包まれた!ではないけれど人体に害のある灰のせいで鉛性の下着を履いたり、心情をコントロールできる情調オルガンや教祖様の声を聞ける共感ボックスという機器を利用するシーン等がそうだ。テレビ電話も登場していたが、交換手がおり時代を感じることが出来て面白い。今ある技術を高度化したものが未来だと決めつけるのは現代人の誤りで、遠い未来には自分たちが考えられない技術が開発される。宇宙英雄ローダンシリーズにもスーパーコンピュータが穿孔テープを吐き出すシーンがあるがそれも似たような誤りだ。
人間とアンドロイドの違い
さて、主人公のリックは懸賞金目当てで逃走中のアンドロイド六人を始末していくのだが、そのうちに彼らアンドロイドと人間の差異はどこなのかと悩むようになる。アンドロイドは見た目や話し方、身振り手振りも人間そっくりで何一つ違和感がない。そして自分が彼らに対して感情移入、情けをかけていることに気づく。本当に彼らを殺してしまっていいのだろうかと悩む、悩むのだ。実はその感情移入能力こそが人間とアンドロイドを分つもので、偽の記憶を埋め込まれ自らを人間と信じ込んでいるアンドロイドのレッシュは主人公へさっさと標的を始末することを提案する。(ちなみにレッシュは懸賞金リストには載っていない)
本能的に、リックは自分のほうが正しいと感じた。自分の胸に問い返してみた——これは人工物への感情移入だろうか? 生き物をまねた物体への? しかし、ルーバ・ラフトは、まぎれもない生き物に思えた。偽装という感じはまったくしなかった。
なぜ人間は他者の痛みを感じようとしたりするのか。共感能力は人類が進化の過程で得たものだ。個人より集団で行動した方がはるかに生存率は高い。それゆえ他者をいたわり尊重することは重要な能力として子孫へ受け継がれてきた。アンドロイドにはそれがない。彼らは進化の過程を飛び越えてゼロの状態から作られたからだ。
これは僕が思ったことだが、アンドロイドに進化型計算のアルゴリズムをかけて共感能力を後付けすることはできないのだろうか。行動や生存率のデータを皆で共有しどんどんレベルアップしていくように。
タイトルについて
タイトルの意味を少し考えたい。アンドロイドとは先に述べたように人工のロボットだ。彼らは人間たちが移民する際の奴隷用として国連が無償で提供する。奴隷の生活が嫌になり地球へ逃走したのが今回のおたずねもの、懸賞金付きアンドロイドだ。また電気羊とは主人公のリックが飼っている羊のこと。本物そっくりの仕草や行動をする。えさを持ってくると近づくし、メエメエ鳴いたりする。さてあとは夢の部分だがこれは睡眠中にみる夢と理想を思い描く夢とがある。もしタイトルの夢が前者の意味だったら、人工物は人間と同じように夢をみるのか、となってロボットと人間の違いとは何かを問いかける意味合いになる。しかし僕はこの夢は後者の意味を指すと思う。タイトルは本文中で主人公がつぶやいた一言が元になっているからだ。
とにかく、このアンドロイドはそう自称していたということだろう。実際には、おそらく肉体労働——作男かなにかとして雇われ、よりより生活への野心を燃やしていたのかもしれない。アンドロイドも夢を見るのだろうか、とリックは自問した。見るらしい。だからこそ、彼らはときどき雇い主を殺して、地球へ逃亡してくるのだ。
アンドロイドにとっては死の灰なんて関係ないもので、人間にこきつかわれるよりも地球で悠々自適な生活を送る方が良いのだろう。
谷川俊太郎とリック
先ほどのリックのつぶやきを引用していたら谷川俊太郎の二十億光年の孤独という詩を思い出した。アンドロイドの夢を想像したリックと火星人の暮らしぶりを空想した谷川さんが妙にだぶったのだ。
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或はネリリし キルルし ハララしているか)
空想や創造という行為はなかなか人工物にできるものではない。千年後は人間と同様のことが出来るかもしれないし、もっと早いかもしれない。しかしそれを作るのは人間なのだから僕らは考えてモノを作らないといけない。人並みに作動するロボットを作ることにコストと時間を掛けるよりも彼らが得意なこと、人間が得意なことを理解して上手く棲み分けできるようにするべきだ。それこそ、詩を書くロボットよりももっと実用的な、介護補助ロボットなどを優先して作ってほしい。
おわりに
そういえば二十億光年の孤独もどこかへ売ってしまった。古本屋で見つけたら買おう。
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