今日はみなさんに話したいことがある。他でもないダニエル中本についてだ。彼の著作である「秘密の密閉構造とその主張」が十三部の売り上げを記録した。今まで書いてきた本の中では最多だと彼も喜んでいる。中身の話をすると彼が怒るだろうからここではあえて触れず今日はダニエル中本の生い立ちと僕との関わりを話そうと思う。
ダニエル中本は関東と東北の境目辺りで生まれた。生年月日は本人もよく分からないらしい。ものごころついた時のはじめの記憶が機械的に動作するスーパーのレジと店員さんの暖かい笑顔であった。そのとき彼は一人ではなく誰かと一緒だったらしいが詳しい顔は思い出せない。「柑橘系の香りがした」と中本は言う。そんな理由かいまでも柑橘のたぐいが好きであり無類のみかんオタク、オレンジ王子、グレープフルーツ大臣である。彼は三歳になるやすぐに近くの保育所に預けられた。しかしそこは今でいう普通の保育所ではなくいろいろと変わったことがあった。自主自立を重んじるそこの方針は運動会や学芸会などの行事を一切行わずこどもたちを好き勝手に放っていた。しかしこどもたちは一切不満を漏らさなかった。それどころかその環境で多いに遊んでいた。自然豊かなその地帯では春になると雪解け水が保育所に流れてくる。竹でつくった配管に水を通しこどもたちは勝手にながしそうめんをしていた。また夏のあるときは親から送られてくるスイカを食べてはその種を吹き飛ばす遊びを延々と夕方まで行っていた。秋と冬も何かしらやっていたがその辺りはまた今度書くことにする。
保育所での思い出は流暢にいくらでもしゃべる中本であったが小学校中学校のことを聞くと口を閉ざしてしまう。なんど聞いても「あれはおれの秘密の密閉構造によって堅く保管されている」と話すばかりでらちがあかない。では高校はどうだと聞くと「高校には行っていない」と言う。彼は中学校を卒業したあと関東各地を放浪する旅人になったのだ。三角形の合同の証明につまずいた彼は「勉強することの意味がつかめないでいる」を理由に地元を離れ各地をさまよった。食うものや寝床には困らなかったのかとたずねると、ありあわせのもので済ましたなどと土曜日の昼ご飯をつくる主婦のようなことを言い放つ。いやありあわせってお前は何も持っていなかっただろ。
僕がダニエル中本にあったのはちょうど二年前のことだ。あれは寒い、寒い冬だった。研究室を後にして自宅へと帰ろうと自転車に乗ったとき、彼がひょっこり姿を現した。書き表せないようなへんな出で立ちだった。
?「おい!いいチャリだな!!」
kyokucho「…んん?盗んだチャリさ…おニューの自転車のサドルを盗まれて俺はこれを使っている」
?「そうか!名前は?」
kyokucho「……kyokucho」
ダニエル中本「俺はダニエル中本!!!この出会いは運命だ!kyokucho!!俺と一緒に世界をひっくり返さねェか?」
遠慮したい話だった。
その日は彼に初めて話しかけれた日であるが、本当に友好関係が築かれるようになるにはかなりの時間を要した。
今日はここらへんで話をおわりにしよう。
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