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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

排他律とインコのピーちゃん

 通勤ルート沿いの家の軒先にピーちゃんがいる。ピーちゃんは二羽のインコのことであり、私が勝手に名付けた。二羽ならばピーちゃんズであろうが、私は彼らを識別できないので、複数形であってもSはつかない。晴れている日はいつでもそこにピーちゃんはおり、元気そうに過ごしていた。しかし、先日そのピーちゃんが一羽になっていた。私はもしかしたら一羽は死んでしまったのかもしれないと思い、悲しい気分になった。ところが翌日そこを通るとまた二羽に戻っていたのだ。驚いた。生き返ったのか。いや、そんなことはないだろう。


 この現象はもう一度あり、そのあとは起きていない。現実的に考えれば、それぞれのピーちゃんの予防接種か何かで一羽ずつ病院に送られたという見方ができる。しかし、それは本当か。私は彼らを見分けられないので、それが前とは違うピーちゃんであっても確かめる術はない。そうであるなら、今まで毎日同じだと思っていたピーちゃんだって、本当に同じものだという確証はないのだ。そこにアイデンティティは存在しない。

 電子の排他律とはそのようなものだということを書きたくてピーちゃんをの話をした。それだけのことだった。


 シュレーディンガーが抱いた配位空間上の波はなにか。ボルンはそれを確率的なものと解釈した。波のような強弱を示すそれではなく、起こりうる頻度を表した。全国の降水確率をメッシュのひとつにとつにぐりぐりと書き込むのに似ている。こうすると、電子は雲のように広がっているのではなく、いろんな確率で各点にくると考えられる。とにかく粒子だ。

 なんだか振り出しに戻ってしまった印象をうける。このボルン解釈の難点は、その確率は何によって決まるのかがわからないこと、そしてこの解釈によっても粒子と波の二重性は解決しないことだ。ここから、物理学者は変換とか解釈にとりくむ。理系の人でも作者の気持ちを考えるのだ。

 変換理論によって、行列力学とシュレーディンガーの波は統合された。そしてボルンの解釈によって、それが確率に支配されていることがわかった。ハイゼンベルクはアインシュタインのアドバイスを参考にして、不確定性原理を導いた。もう大体量子力学は完成されているので、現実をそちらに合わせないといけない。量子力学のキーは粒子の位置と運動量の非可換性だ。これに確率的解釈を付け加えて、不確定性原理を得た。位置と運動量は同時に決まることはなく、位置を観測すれば運動量がブレ、運動量を求めれば位置がずれる。

 本当は夏休み中に量子力学の話を終わらせたかったが、もう少し続けなければいけない。
 

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