マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

捨てたけどやっばり欲しいな粒子性

 定常状態と遷移というキーワードをかかげ前進を続けた前期量子論であったが、その背景にあるのはいまだに古典論であった。そこには位置と運動量があり、運動方程式を立てればいつどこにどのような動きでそれが存在しているのかが掴める。そういう奴だった。私は以前日記を書いており、そこには毎日何がありどう思ったかをやみくもに記していったが、その理由は情報を残せばまたあのときに帰られるのではと考えていたからだ。きっとそうだ。しかし、思いは思いのままで、いくら日記のページを開いても答えは3、現実は非情だった。何も変わらない。


 何かを捨てる必要がある。私は日記を捨てた。ハイゼンベルクは電子の軌道運動を捨てた。

 ハイゼンベルクは電子の位置と運動量を遷移成分というものに置き換えることを試みた。個々の電子の集合ではなく、遷移の総体を扱うことにした。電車の車両ではなく、乗り換えに注目することにしたのだ。彼はボーア、ゾンマーフェルトの量子条件と運動方程式をなんとかして書き換えた。

倍音成分に対する計算規則との著しい差異は (中略)あらゆるちがったnに属する成分が混入してくることである。

 注目すべきはあなたが乗っている車両だけではない。同じホームに入り込んでくる全ての車両が遷移のそれを決定する。さらには、新しく書き換えでは二つの定常状態間の積について交換則が成り立たない。A×BとB×Aは等しくない。なんということだ。

 このおかしな計算規則であったが、ボルンはこれが数学でいうところの行列計算に他ならないことに気づいた。行列ときくと一列に並ぶ様子をイメージするが、数学の場合は違う。彼らは何行何列かの要素をもつブロックで構成され、そのブロックめいめいが互いに計算し合う。ややこしいが使ってみるとわりと便利な奴だ。そうして行列を使うことで量子条件と運動方程式はエレガントな定式化をすることができた。結構簡単な式になった。

 行列力学は完成した。しかし、まだ障害があった。行列は量子のエネルギー準位と遷移については扱えるが、電子の位置や運動量が扱えないのだ。捨ててしまったのだからどうしようもない。光は波でもあるし、粒子でもある。ハイゼンベルクが捨てたのは粒子だった。いくつかの実験で光はやはりつぶつぶで、位置と運動量を持つらしいことがわかっていた。どうしよう。

 そのころドブロイは物質波を考えていた。

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