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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

私にとって注射は非日常を与える兵器でしかない/「ザップ・ガン」

読書

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 私は注射が嫌いだ。なにしろ痛い。「チクッとするだけだから大丈夫」なんていう人がいるが、じゃああなたは朝顔を洗って歯を磨いてついでにチクッとするのか。そんな非日常的な痛みを簡単に受け入れることが出来ない。そのうち子どもが出来て、「父さん注射怖いよ、いやだよ。あの魔王のささやきが聞こえないの」と問われたら、「私も注射怖いよ。一緒だね」と答えてやろう。不安を共有しよう。煽ろう。

 だから注射は私にとって兵器も同然の存在だ。対象者は限定されるし効果も少ないが、兵器の役割はなにも痛みや苦しみを与えるだけではない。彼らは私たちに非日常性を与え、日常の安心感をふっとばすことができる。「もう、穏やかなあの世界には戻れないんじゃないか」「この痛みは永遠にとれないのではないか」あの絶望感は言いようがない。痔になったときのように。

 西暦二〇〇四年、世界は東西に分かれ冷戦状態のような対立が続いていた。西側の兵器ファッションデザイナーのラーズ・パウダードライは、トランス状態に入ることで超次元世界から新しい兵器のスケッチを入手することができる能力を持っていた。しかし、この兵器は実際に製造されることはない。実際には製造されるのだが殺傷能力を持たないのだ。政府はCGを駆使した兵器のPVをつくり、あたかもそれが素晴らしい破壊力を持つかのようにおばかな国民(パーサップス)に宣伝する。兵器の技術は無害な新製品に転用される。これが東西がかわした「プラウシェア条約」である。

 しかし、ある時地球にエイリアンの衛星群が侵攻してくる。地球はまわりを囲まれ、大ピンチ。主人公は本当の兵器のスケッチを手に入れることを要求される。東側の謎のデザイナー、リロとともに。

 偽りの兵器ばかりつくっていたラーズは、その仕事に後ろめたさをもっていた。真実を伝えた方が楽だ、と。同僚のピートはこの仕事に対して自分なりの意味をもっていた。

「パーサップスに安心感を与え、自分は生き延びられるとほんとうに信じさせることのできるのは、唯一、自分のかわりにだれかが犠牲になるのを見ることだけだ。だれかほかの人間が、身代わりになって死ぬことなんだよ、ラーズ」

 兵器の役割は使われる側の人々に絶望をお届けすることだが、その一方で所有する側には安心を与えることもできる。ピートの思想は、この所有側の安心を充分に提供することが出来ればよいというものだ。私もそう思う。必要なのは破壊ではなく平和であり、絶望ではなく平穏だ。苦しみを与えるだけの兵器など必要ない。自分の血液の成分がどうであろうと知ったこっちゃない。チクッとする非日常的な絶望は、断固として拒否しよう。注射は嫌いだ。

 本の内容としては、これぞザ・PKDというエッセンスがいたるところに見られ、楽しく読むことが出来た。説明の少ない人物相関とかいきなりでてくるSF用語も、慣れるとそれはそれで良いものだ。タイトルになっているザップガンは、ジャック曰く「世界じゅうを吹き飛ばす」すんごい兵器らしいが、そんなものは存在しない。だがそれに近しいものは話の終盤で製造される。詳しくはぜひ自分の目で確認してほしい。

 最後に、素敵な本をプレゼントしていただいたid:sho_yamaneさんに感謝を伝えたい。ありがとうございます。

ザップ・ガン (ハヤカワ文庫SF)

ザップ・ガン (ハヤカワ文庫SF)