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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

撹拌される拡販と、相対される総体/「ユービック」

読書

 相反する現象が同時に作用するとき、そこにひずみが生じ、それは捻じ曲げられる。力をうける対象は時間であったり空間であったり、はたまた精神にもなりうる。よどみに浮かぶうたかたよろしく、キテレツな反撃を受けて僕は倒れる。やがて日が昇る。

 <良識機関>は超能力者を不活性化させる、いわばアンチ超能力者集団である。機関を率いるランシターは、あるときルナで行われる大きな仕事を依頼される。彼は不活性者十一人と、計測者のジョー、依頼主の計十四人でルナへ向う。しかし、途中で超能力者側からの攻撃を受け地球へ帰還する。それから世界は歪みはじめた。

 しかし——と彼は思った——これは俺の観念の客体化なんだ。風と寒気と闇と氷の層に埋まり、葬られていくのは、この世界じゃない。このすべてはおれの内部で起こっているのに、そのくせ、おれにはそれが外にあるように見えるらしい。

 『ユービック』では、時間の逆行作用とそれを食い止める作用(正確には表現が違うのだが)が主人公たちに降り掛かる。電化製品、交通機関など身の回りのものがどんどん古びていき、ひとりまたひとりと干涸びて死んでしまう。この現象を引き起こしているものは、単体ではないため、ストーリーがある程度進まないと全貌を知る事が出来ない。推理しながら読むのも楽しいが、PKDの世界観に圧倒されてページをめくるのも趣がある。


 物語の素材のひとつとして硬貨がある。彼らの住まう世界は、だいたいの電化製品が硬貨で動いており、自動販売機のようにコインをいれないと作動しない。コーヒーメーカーや冷蔵庫、さらには玄関の扉も。家賃滞納者のジョーチップは、小銭を払う事ができずに、訪問者のために扉を開くこともままならない。舞台は近未来(執筆当時と比べて)だが、そこではクレジットカードは一場面をにぎわすだけに留まり、あとはひたすらにキャッシュの世界だ。作者は電子マネーの到来を予期してなかったのだろうか。それは違う。ゆらぐ不安定な世界観にしっかりと楔をうつために、単体で存在しうる分かりやすい象徴のために、彼はあえて硬貨を選んだのだ。

 しかし、もしかしたら、と僕は考えた。この世に単体で存在するものなのど、ありはしないのかもしれない。何もかもが複雑に絡み合っており、人はそれらに適当な理由をつけてその場を取り繕っている。完全なる分析が完成されないのは自明であるから、僕らはテイラー展開から三次の項を切り捨てて近似値を求めあうしかない。

 ユービックが手元にあれば複雑さを取り除く事が可能になるのか。

 
 

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)

ユービック (ハヤカワ文庫 SF 314)