気がついたら、毎朝コーヒーを飲むようになっていた。小さい頃は父親が飲んでいた黒くて苦いあの飲み物がどうしても好きになれなかったのに。マグカップになみなみと注がれたそれを、彼はボールペンでぐるぐるとかき混ぜていた。ネスカフェのインスタントコーヒーに、クリープとかなんとかよく分からない白っぽいやつを入れていた気がする。彼は甘党だ。
僕はコーヒーには何も入れない。以前は砂糖を少しだけ入れていたが、面倒になってやめた。寝起きの空っぽの胃袋に、ブラックコーヒーを流し込む。豆によって味の違いはあるが、景色が明るくなり、思考がクリアになる感覚はどれも同じだ。たいていは書斎の椅子に腰掛けてコーヒーを飲んでいる。そうして窓から一日の始まりを眺める。始発の電車が走る。
キリマンジャロはアフリカ大陸の東側、タンザニアにある山だ。標高5895メートルはアフリカ大陸最高峰。赤道直下にも関わらず、夏でもわずかに雪が残る。コーヒー豆は山の麓、1500~2000メートル付近のプランテーションで栽培されている。
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最近はインスタントコーヒーしか飲んでいなかったので、豆を挽くのは久しぶりだ。早朝の静かな住宅街に粉砕音が響き渡る。ドリッパーにコーヒーフィルターを被せ、コーヒーの粉を入れる。そこに沸騰してしばらくたったお湯をやさしく注ぐ。アフリカの大地を思わせるような赤色が、ほのかに浮き出て来た。三回にわけて入れ、ドリッパーを外す。いい匂いだ。
キリマンジャロは酸味が強いと聞いていたが、口にしてみるとあまり違いは解らなかった。ただ、ふんわりとかじっくりとはほど遠い風味だった。実にシャープで後味を残さず、颯爽とのどを通っていく。芭蕉が説いていた「軽み」を体現する飲み物があるとすれば、このキリマンジャロだ。日本人はこのブレンドが好きらしく、キリマンと略して呼ばれている。もしかしたら、タンザニアの地が潜在的に持っていた「軽み」に、意識下で共感しているのかもしれない。
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