マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】一昔前の喫茶店はきっとにぎやかだっただろう/「コーヒー・ハウス」

モチベーション増幅装置としてのカフェ

 カフェが好きだ。コーヒーが好きだが、それと同じくらいカフェも好きだ。おだやかな照明と、ちょうどいい雑音。コーヒーの匂いと相まって僕のモチベーションがぐんぐん上がる。全能感に満ちあふれながらいただくコーヒーのなんとうまいことか。しかし、「なんでもできそう」というのは、本当に「そう」なのであって、具体的に何者にもなることはできない。悲しいことだ。

 だけれども、もしカフェの店内で、他の誰かと話をしたり創作活動が出来たらどんなに素晴らしいことだろう。全能感が全能になりえるかもしれない。僕は何者かになれるかもしれない。コワーキングスペースとしてカフェを活用したいものだ。

 僕の求める形態は、三百年前のイギリスにあった。きょうはその話をしよう。

コーヒーハウス

 コーヒーハウスとは、十七世紀から十八世紀にかけて、イギリスで流行した喫茶店の一般名詞である。現代のスターバックスやドトールなどの開放的な空間とは異なり、その店はタバコの煙が立ちこめるせせこましいものが多かった。酒場に比べて単価がずっと低いため、あらゆる人が長い時間居座り、交流を深めていた。コーヒーハウスが果たした役割は大きく、政治や経済、ジャーナリズムそして文学にも関わる。

 そこは人々が自由に話し合える場であるから、思想が思想を呼び、情報が情報を呼ぶ。やがて大きな力となり、新しいイノベーションを起こしてくれる。政府は新しい力に警戒し、コーヒーハウスを規制しようとした。一六七五年十二月、チャールII世は翌年一月十日をもってコーヒーハウスを閉鎖するという方針を打ち出した。

国王、及び政府は、コーヒーそのものに対して反感を抱いていたのではなく、コーヒー・ハウスという場で交わされる自由な言論活動に陰謀や反乱のにおいを嗅ぎつけたから、このような措置に出たのである。

 結局、多数の反対運動によって王のもくろみはかき消えたが、時代の流れによってコーヒーハウス文化は次第に衰退していった。

 

カフェをつくりたい。

 前にも書いたかもしれないけど、いつかカフェを開きたい。自分の好きなものしか置いてなくて、自分の好きなことをたくさんできる場所。似たような趣味を持ったひとたちが集って、何かすてきなことをしまくる。秘密基地のようなオフィスのような、工房のようなアトリエのような、そんな不思議な空間が欲しい。

おわり。


 コーヒーという単語につられてなんとなく選んだ本だったが、なかなか面白く読むことが出来た。


コーヒー・ハウス (講談社学術文庫)

コーヒー・ハウス (講談社学術文庫)

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