書くこととは、空白をつくることである。我々の頭に絶えず持ち込まれる、途方もない量の情報を整理し、体系だて、理解するために、ペンを走らせるのだ。しかし、執筆作業の大半は無駄に終わる。たんなる自己満足に陥ったり、意味ある言葉を無理にねじまげてしまったり、愛ある想いをくずかごへ棄てることが多い。それでも空白をつくることを止めてはならない。なぜなら我々は生きているのであって、死んでいないからだ。
世界は空白ばかりである。化学を例に挙げてみよう。原子の中はスカスカの空洞で、中心の原子核をピンポン球の大きさに拡大すると、電子はそこから約5キロ離れた位置をめぐることになる。麹町中学校のグラウンドで、ピンポン球をかかげると、電子の軌道は山手線のやや内側に位置する。そのくらいの規模でスカスカなのだ。
メンデレーエフの偉大な功績は、空白をつくったことだ。彼は現代の「周期表」のパイオニアである。周期表とは、元素をある規則に従って並べた表である。当時、元素を体系立てようという運動が強くおこっていた。メンデレーエフ以前にも周期表は存在した。しかし、それらの表はぴっちりと埋められており、隙間もなにもなかった。
これではまただ不充分であるというかのように、彼はまた周期表にすきまを残す必要があることを見いだした。メンデレーエフはこのすきまを彼の周期表の不完全な点とは考えず、大胆にもこれをまだ発見されていない元素を表すものと把握した。
まだ認識されていない元素のために、空席を用意しておく。彼の粋なはからいは世界に受け入れられた。その後に空席を埋めるような元素が次々に発見された。彼がつくった周期表は今日のそれのベースとなっている。
筆の終わりに、筆者は次のことを述べている。
われわれは知識を得てきた。科学がそれをわれわれに与えてくれた。
いまやわれわれは叡智をも必要とする。
叡智がどのようなものかは僕もよく判らない。しかし、書くことによってそれに近づけると確信している。
今週のお題「書くこと」
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