旋盤を回して始めて気づくのと同じ感覚で、僕の中で芯が不格好にずれていることが分かった。自転車のサドルをどんな角度にしても気持ちがよくないように、日々の生活にもやがかかり始めた。これはいけない。なんとかして自分を取り戻さないと。
僕は足掻く。本を読むことで足掻く。ブログを書くことで足掻く。ものつくることで足掻く。車輪の下敷きにならないように、ブラックホールに飲み込まれないように、必死に体を動かし続ける。
『国境の南、太陽の西』を読んだ。主人公のはじめは、二十代の大切な時期を大半を会社勤めで費やした。彼はそこでの仕事がとても嫌いだった。日々のルーチンワークに辟易していた。
その折に、ひょんなことからある女性と結婚し、彼女の父親から土地と金を受け取る。それで始めたジャズバーがヒットし、彼はそこそこ裕福な暮らしを始めた。彼はオシャレなバーをつくる才能があった。いいなあ。
脈絡もなく話をすすめよう。この物語はどこか羊らしい喪失感に満ち満ちている。はじめ君は常に後ろ向きだ。彼は過去と距離を置く術を知らず、徹底的に掘り返す人だ。話の大体は女性のことで、彼女の体がどうだったかを丁寧に説明している。会社で読むのが憚られたほどに。
守るものが出来て、荷物が増えた。行動が制限された。彼は自身の生活に閉塞感を抱く。そして、自己からの逃避を始める。
明日はいったいどうなるんだろうと思った。僕は車のハンドルに両手を載せ、目を閉じた。僕は自分の体の中にいるようには思えなかった。僕の体はどこかから間に合わせに借りてきた一時的な入れものみたいに感じられた。俺は明日はいったいどうなるんだろう、僕は思った。
切ない。ここには切なさがある。僕が懸命にフタをしている感情を、ゴリゴリと掘り起こしてくる。ページをめくるたびにため息が出る。
そのくらいきれいな小説なんだ。
- 作者: 村上春樹
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1995/10/04
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