マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】斜面はルート2と定まっている訳ではないし、それはあなたの勝手でしょうが。/「斜陽」

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 唐突にフランスパンをかじりたくなった。かじりたいというより、口に入れることよりも口に出すことのほうが重要な感情だった。フランスパンなんてさいきん滅多に言葉にしていないから、この世には実はフランスパンなんて存在しないんじゃないかと思うし、現に僕の実生活上にフランス製のパンがなくてもやっていける気がする。パンはだいたい国産の小麦粉を使っているし、日曜日は常にパンというの名の雑文をこねくり回している。

 一息に吹き消すことが定めだとしても、そこにフランスパン工房がある限りなんら蓋然性はない。そしてこの一文は僕が蓋然性を使う一生で一度の文章であった。意味すらしらないその発音によって、救い出されるものは果たしてあるのか。送りバントで送られたままだったお蔵入りのオクラホマミキサーを、ぐるぐるとぐるぐると書き出す意味は。

 何とはなしに斜陽の話をしよう。太宰イズムがてんこもりのこの小説は、リンゴをナナメから切断したような斜に構えた雰囲気をかもしだしている。斜陽族なんて言葉が作られたそうだが、意味はだいたい想像できる。いつの時代も若者は生意気で、どこかしっかりしていない。

 貴族として生まれたかず子であったが、戦後の動乱と父の死によって、徐々に生活が苦しくなっていく。物語は彼女と母親が、東京から伊豆の山荘に引っ越すところからはじまる。はじめは気を強くもって生活していたかず子であったが、母の衰弱と、死んだと聞かされた弟が薬物中毒になって戻って来たのを機に、だんだんと影がさしはじめる。

 真綿で首を締められるような感覚。沈み行く陽が最も明るくみえるように、「斜陽」は絶望のなかの光をみつめる。

 一週間かけてちびちびと読んだ。

 僕は、僕という草は、この世の空気と陽の中に、生きにくいんです。生きて行くのに、どこか一つ欠けているんです。足りないんです。いままで、生きて来たのも、これでも精一杯だったのです。

 かず子の弟の手記。もっとあがけなかったのか、と感じてしまうが、彼も彼で十分頑張ったのだと思う。しかし、決めつけ過ぎだ。斜面はルート2しか存在しないと決めつけ過ぎだ。三角関数を習わなかっただけで、こんなにも人生に開きがあるとは、サインコサインタンジェント様である。みなそれぞれの角度がある。テーパーがある。マージンがあり、遊びと逃がしがある。巨大な虫となったザムザしかり、殺人犯となったムルソーしかり。彼らには欠けているのだ。ルートいくぶんが。

斜陽 (新潮文庫)

斜陽 (新潮文庫)

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