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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】剣と魔法とブロガーと/「ケルトの神話」【感想】

読書

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ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫)

 ケルト人を知っているだろうか。ケルト人とはインド・ヨーロッパ語族ケルト語派の民族である。彼らの起源ははっきりとはしていないが、東欧を発して紀元前900年前から500年をかけてヨーロッパ各地に移動したことが分かっている。

 大陸に移動した「大陸のケルト」は他民族に吸収されあまり文化や風習は残っていない。しかしアイルランドへ移動した「島のケルト」は外敵からの影響をあまり受けずにいた。ケルト神話とは主に島のケルトたちの神話を語ることである。

 神が神を産み互いに争うのはギリシャ神話に通ずるものがあるが、ケルト神話の剣と魔法が織りなす世界観はファンタジー小説のように読める。

中二病溢れるダーナ神話

 ケルト神話は「ノアの箱船」に出てくるノアの子孫がアイルランドに上陸するところから始まる。上陸の四十日後に起こった洪水によって彼らは一人を除いて死んでしまう。生き残った男がその後5000年ほど生きて後の歴史の語り部となるのだが、この辺りは都合が良すぎるのではと感じた。ノアの子孫が上陸したあとに五つの種族が順にアイルランドの地に経つがここでは四番目のトゥア・デ・ダナーンらの神話、ダーナ神話についてのみ書いておく。

 ダーナ神話に出てくる神々はいちいち設定が中二臭い。中でも太陽・光の神ルーはひときわ目立っている。ルーは知能に優れ戦いも強く、そしてイケメン。どんなものも突き通す魔剣「応酬丸(アンサラー)」を腰に帯び、乗り手の想いのままに走る船「静波号(ウェーブ・スウィーバー)」で海や陸を縦横無尽に駆け回る。

 和訳が古いのはこの本自体が三十年前に刊行されたものだから。今ならカタカナ言葉のままでも通用するだろう。ダーナの神々はフォルモール族と敵対関係にあるのだが、ルーはその両方を先祖にもっている。父方の祖父はダーナ神の「医療神」ディアン・ケヒトであり、母方の祖父はフォルモール族の「魔眼」バロールだ。微妙な立ち位置のルーだがダーナ神側につきバロールをついにやっつける。

 ダーナ神たちは後にアイルランドに上陸するミレー族により滅ぼされてしまう。しかし彼らは消え去ってしまう訳ではない。なんと妖精となって地下に住み、地上の者たちのサポートを行うのだ。これはケルト人たちの思想の根本に「霊魂不滅」と「転生」があったからだとされる。

 ガリア戦記における描写から僕はガリア人(ケルト人)は野蛮なやつらと考えていたが、妖精の存在を信じていたと聞くと「意外とメルヘンチックなのかな」と彼らに対するイメージが変わった。

古代における言葉の力

 話は変わるが、古代では詩人は非常に重宝されていた。当時の詩人はただのクリエイターではなく、古い物語や王の功績を広く言い伝える役目も担っていた。今でいうマスコミのような存在である。以前紹介した「西洋美術史入門」では絵描きがメディアの役目を持っていたと紹介したが今回の詩人はそれ以上の存在だ。神話では言葉には不思議な力が秘められているとされ、詩人が言葉を魔法の呪文のように扱われる場面も見受けられる。

 印象に残った箇所がある。詩人が気に食わない王様に対し彼を誹謗中傷するような歌をうたい、その歌が民に広がると、王の評判が下がってしまい実際に王が失脚してしまう所だ。もしかしたら詩人の持つ特徴は現代のブロガーにもあてはまるのかもしれない。

おわりに

 神話といえばやはりギリシャ神話だ。そちらから勉強すればよかったのかもしれない。カエサルはガリア戦記においてケルト神話に出てくる神々をギリシャ神話のものにあてはめようとしていたらしい。ギリシャ神話を読めばケルト神話の理解がより深まるだろう。

 こちらからは以上です。

ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫)

ケルトの神話―女神と英雄と妖精と (ちくま文庫)