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マトリョーシカ的日常

ワクワクばらまく明日のブログ。

【書評】リアルを求めないありあわせ主義/「砂糖菓子の弾丸は打ち抜けない」【感想】

読書

ありあわせで済ます夕飯

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砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない (角川文庫)

 急いでいる時はだいたいありあわせのもので済ませる。読書記録もそれにあたり僕は生協ですぐに読み終えそうな本を探していた。
 桜庭一樹という名前は聞いたことがあったが彼の作品に触れたことはない。「砂糖菓子の弾丸〜」は日本海側の田舎(おそらく鳥取)に住む中学生を軸にした物語だ。主人公の山田なぎさは十年前に父を亡くし、能天気な母とひきこもりの兄の三人で暮らしている。貧しい暮らしに打ち克つために彼女は実弾主義、身にならないことしか関わらない姿勢をとる。中学校を卒業したらすぐに自衛隊に入り金を稼ぎ兄を養うのだと。一方で転校生の海野藻屑は昔流行った芸能人の娘で、転向当初からわけのわからない行動をしたり悪意のある言動を放つ。

「彼女はさしずめ、あれだね。”砂糖菓子の弾丸”だね」

 なぎさの兄である友彦は藻屑をこう称する。生活に身になる行動を実弾としてせっせと弾込めするなぎさに対し、藻屑は甘いふわふわとした砂糖菓子の弾丸を放っているのだと。

 僕が十二三のころは実弾なんてまるきり意識していなかった。それに価値があるかないかという判断基準はもたずにただ好きなほう楽な方へシフトしていった記憶がある。なぎさのような実弾主義的な考えは環境によるところが大きい。父はいないし兄はひきこもりだし母の稼ぎだけではとうてい生活できない。子供のころからリアルが視界にずんずん入ってくるのは厳しいものなのだろうな。ただそんななぎさも意識の外では砂糖菓子を欲している。そうでないなら妄言癖のある藻屑に遠く遠く距離を置いていたはずだ。なぎさと藻屑、そして野球部の花名島を加えた三人による短い青春(?)劇は続く。恋愛の要素もあるがそれはおまけであってメインは砂糖菓子であり実であり弾丸だ。

 打ち抜けないとはどういう意味か。殺せないという意味ではなさそうだ。弾丸が被害者の体へ溶けていきそこに痕跡はなくなる。負の意味ではないとしたらこいつは自分の利にならない発信がだれかの心に音もなく溶けそれが彼の一部となるという雰囲気になるのだろう。どうだろう。

のべつまくなし

 作中にのべつまくなしという言葉がでてきてそのリズムに心を震わせていたらもうこんな時間になっているよあらびっくり的な降りるはずの駅を通り過ぎてそれでもりんりんのリズムが終わらなくて足が持ち上がらない不思議な感覚に陥る。

のべつ‐まくなし【のべつ幕無し】
[副]《芝居で幕を引かずに演技を続ける意から》ひっきりなしに続くさま。「―に口を動かす」「―愚痴(ぐち)を言う」
のべつまくなし【のべつ幕無し】の意味 - 国語辞書 - goo辞書

 英語にするとwithout breakとなるらしいがどうもしっくりこない。日本語には日本語の動きがある。それっぽい訳を探すのも面白いかも。

 部屋の外でどこかの子供がのべつまくなく縄跳びを回している。親は何かアドバイスをする。びゅるるびゅるると音がなる。二重跳びのコツはよく跳びよく回すこと。どうでもいい結び。